新そよ風に乗って 〜幻影〜
高橋さんが椅子を引いて私を座らせてくれると、机を挟んで目の前に高橋さんも座った。
「月末の忙しいところ、悪いな」
「い、いえ……」
仕事中とはいえ、この空間に高橋さんと2人だけなので何だか落ち着かない。机を挟んでいても、かなり至近距離で高橋さんが私を見ているので、胸が痛いというか息が苦しい。
「矢島さん」
「は、はい」
どうしよう。
名前を呼ばれたのに、高橋さんの顔がまともに見られない。
『今のうちに貴博のことは、もうやめておいた方がいい』
『ハイブリッジの中に、まだその女性が住んでるってこと』
明良さんとまゆみに言われたことが、頭の中で警笛を鳴らしているようだった。
「これなんだが……」
そう言って、高橋さんがファイルを広げて見せてくれた書類には、見覚えのある字で記載されたもので、その見覚えのある字は紛れもない自分で書いた文字だった。
「実は、考課表の提出が今月末だったんだが忘れてて、申し訳ないが今期の……ああ、違うな。前期の自己評価と今期の目標を書いて、明後日までに戻してもらいたいんだが」
「あっ、はい」
考課表のことだったんだ。
考課表の記入には、毎回頭を悩ませている。どれも同じような文章になってしまうから。だけど、今回に限って言えば、高橋さんからの話が考課表のことでホッとしていた。
「悪いな。それじゃ、これ頼む」
「はい。ありがとうございます」
「それと……」
エッ……。
ま、まだ、何かあるの?
考課表の書類を受け取ったので立ち上がろうとしたが、高橋さんの言葉で床を踏み込もうと力を入れた両足が止まってしまった。
「来月から出張が続くから、後で書類渡すから仮払い早めに出しておいてくれるか?」
「はい。分かりました」
「それじゃ、以上だから。よろしく頼むな」
「はい。ありがとうございました」
書類を抱えて立ち上がって椅子を元に戻してからドアの方に向かうと、高橋さんがドアノブを持ったままこちらを見ていた。
「最近、疲れてるのか?」
「えっ? そ、そんなことないです」
すると、高橋さんが無表情のまま、ジッと私の目を見ていた。
「それならいいが。月末だからといって、あまり無理するなよ」
「はい……」
近頃、ぎこちない態度ばかりとっているのに、こんな時でも心配してくれてるなんて……。高橋さんの優しさが嬉しい反面、辛くもあった。
このままではいけないことは、分かっている。こんな態度ばかりとっていては、高橋さんだっていい気はしないはずだもの。
高橋さん自身が、嫌いになったわけじゃない。高橋さんの心の中には、まだミサという人が住んでいるだけ。ただ、それだけ……。私の入る余地なんて、あっ……そうか。
「……聞いてるか?」
ハッ!
「す、すみません。ちょっと、考え事していて……」
「……」
高橋さんは不審に思ったのか、黙って私を見ている。
「申し訳ありません」
「中原の出張もあるから、中原の仮払いも頼む」
「月末の忙しいところ、悪いな」
「い、いえ……」
仕事中とはいえ、この空間に高橋さんと2人だけなので何だか落ち着かない。机を挟んでいても、かなり至近距離で高橋さんが私を見ているので、胸が痛いというか息が苦しい。
「矢島さん」
「は、はい」
どうしよう。
名前を呼ばれたのに、高橋さんの顔がまともに見られない。
『今のうちに貴博のことは、もうやめておいた方がいい』
『ハイブリッジの中に、まだその女性が住んでるってこと』
明良さんとまゆみに言われたことが、頭の中で警笛を鳴らしているようだった。
「これなんだが……」
そう言って、高橋さんがファイルを広げて見せてくれた書類には、見覚えのある字で記載されたもので、その見覚えのある字は紛れもない自分で書いた文字だった。
「実は、考課表の提出が今月末だったんだが忘れてて、申し訳ないが今期の……ああ、違うな。前期の自己評価と今期の目標を書いて、明後日までに戻してもらいたいんだが」
「あっ、はい」
考課表のことだったんだ。
考課表の記入には、毎回頭を悩ませている。どれも同じような文章になってしまうから。だけど、今回に限って言えば、高橋さんからの話が考課表のことでホッとしていた。
「悪いな。それじゃ、これ頼む」
「はい。ありがとうございます」
「それと……」
エッ……。
ま、まだ、何かあるの?
考課表の書類を受け取ったので立ち上がろうとしたが、高橋さんの言葉で床を踏み込もうと力を入れた両足が止まってしまった。
「来月から出張が続くから、後で書類渡すから仮払い早めに出しておいてくれるか?」
「はい。分かりました」
「それじゃ、以上だから。よろしく頼むな」
「はい。ありがとうございました」
書類を抱えて立ち上がって椅子を元に戻してからドアの方に向かうと、高橋さんがドアノブを持ったままこちらを見ていた。
「最近、疲れてるのか?」
「えっ? そ、そんなことないです」
すると、高橋さんが無表情のまま、ジッと私の目を見ていた。
「それならいいが。月末だからといって、あまり無理するなよ」
「はい……」
近頃、ぎこちない態度ばかりとっているのに、こんな時でも心配してくれてるなんて……。高橋さんの優しさが嬉しい反面、辛くもあった。
このままではいけないことは、分かっている。こんな態度ばかりとっていては、高橋さんだっていい気はしないはずだもの。
高橋さん自身が、嫌いになったわけじゃない。高橋さんの心の中には、まだミサという人が住んでいるだけ。ただ、それだけ……。私の入る余地なんて、あっ……そうか。
「……聞いてるか?」
ハッ!
「す、すみません。ちょっと、考え事していて……」
「……」
高橋さんは不審に思ったのか、黙って私を見ている。
「申し訳ありません」
「中原の出張もあるから、中原の仮払いも頼む」