新そよ風に乗って 〜幻影〜
「は、はい」
高橋さんは、それだけ言うと先に席に戻っていってしまった。
こんなことじゃ、駄目だ。仕事は仕事として、ちゃんとやらなければ。仕事に支障を来すなんて、絶対高橋さんが嫌うこ……。
ふと我に返ると、心の中で自戒しながらも高橋さんのことが出て来てしまう。頭では分かっているのに、何処かで高橋さんを追っている自分と、諦めた方がいいと自分を諭そうとしているもう1人の自分。現実をまだ受け入れられず、逃げ惑っている気持ちとは裏腹に、自然と高橋さんを中心に考えてしまうという正直な心の表れ。
でも、気づいてしまった。さっき、会議室で高橋さんと2人だけの空間の中で、やっと答えが出た気がした。
高橋さんの心の中に、まだミサという人が住んでいたとしても、それはそれでもういいんだ。こんな私が、だいたい高橋さんの心に入ることなんて、元々、無理だったのだから。
入る余地がないなんて思うこと自体、おこがましかった。そう思えば、気持ちも楽になれる気がする。遠くから、そっと静かに高橋さんを眺めていられればそれでいい。それ以上のことを望むのは、我が儘だと思って。遠い存在でもいい。高橋さんを、傍で見ていられれば、それで……。
社食でランチを食べた後、持ってきていた考課表を広げて前期の反省欄を記入した後、異動希望欄には、迷わず異動したくないに丸をつけた。多くは望まない。高橋さんを見ていられれば、ただそれだけでいいんだ。
「あれ? 今頃、そんなの書いてるの?」
「まゆみ」
顔を上げると、まゆみが立っていた。
「此処、いい?」
「うん」
「遅いね、考課表返ってくるの」
「そうなの。高橋さんが、すっかり忘れていたみたい」
「そうなんだ。陽子。ハイブリッジに聞いたの?」
まゆみが、身を乗り出して小声で尋ねてきた。
「き、聞いてないわよ」
「なぁんだ。この前より声が明るいから、聞いたのかと思ってた」
「何、言ってるのよ。聞けるわけないでしょう。それに……」
「ん? どうかした?」
まゆみは、定食のご飯を口に入れながら私を見ている。
「うん。私、決めたんだ」
「何を?」
「もう、この前のことは大丈夫だから」
「大丈夫って、どういうことよ?」
「私ね、気づいたんだ。ただの憧れだったんだって。だから、遠くから見ていられれば、それだけで満足みたいだから。だから、もういいの。心配掛けて、ごめんね」
「陽子……。もういいって、それでいいの? 陽子は、それで本当にいいの?」
「うん……」
高橋さんは、それだけ言うと先に席に戻っていってしまった。
こんなことじゃ、駄目だ。仕事は仕事として、ちゃんとやらなければ。仕事に支障を来すなんて、絶対高橋さんが嫌うこ……。
ふと我に返ると、心の中で自戒しながらも高橋さんのことが出て来てしまう。頭では分かっているのに、何処かで高橋さんを追っている自分と、諦めた方がいいと自分を諭そうとしているもう1人の自分。現実をまだ受け入れられず、逃げ惑っている気持ちとは裏腹に、自然と高橋さんを中心に考えてしまうという正直な心の表れ。
でも、気づいてしまった。さっき、会議室で高橋さんと2人だけの空間の中で、やっと答えが出た気がした。
高橋さんの心の中に、まだミサという人が住んでいたとしても、それはそれでもういいんだ。こんな私が、だいたい高橋さんの心に入ることなんて、元々、無理だったのだから。
入る余地がないなんて思うこと自体、おこがましかった。そう思えば、気持ちも楽になれる気がする。遠くから、そっと静かに高橋さんを眺めていられればそれでいい。それ以上のことを望むのは、我が儘だと思って。遠い存在でもいい。高橋さんを、傍で見ていられれば、それで……。
社食でランチを食べた後、持ってきていた考課表を広げて前期の反省欄を記入した後、異動希望欄には、迷わず異動したくないに丸をつけた。多くは望まない。高橋さんを見ていられれば、ただそれだけでいいんだ。
「あれ? 今頃、そんなの書いてるの?」
「まゆみ」
顔を上げると、まゆみが立っていた。
「此処、いい?」
「うん」
「遅いね、考課表返ってくるの」
「そうなの。高橋さんが、すっかり忘れていたみたい」
「そうなんだ。陽子。ハイブリッジに聞いたの?」
まゆみが、身を乗り出して小声で尋ねてきた。
「き、聞いてないわよ」
「なぁんだ。この前より声が明るいから、聞いたのかと思ってた」
「何、言ってるのよ。聞けるわけないでしょう。それに……」
「ん? どうかした?」
まゆみは、定食のご飯を口に入れながら私を見ている。
「うん。私、決めたんだ」
「何を?」
「もう、この前のことは大丈夫だから」
「大丈夫って、どういうことよ?」
「私ね、気づいたんだ。ただの憧れだったんだって。だから、遠くから見ていられれば、それだけで満足みたいだから。だから、もういいの。心配掛けて、ごめんね」
「陽子……。もういいって、それでいいの? 陽子は、それで本当にいいの?」
「うん……」