新そよ風に乗って 〜幻影〜
「そ、そんな……。あの、私、社長にお会いしたことはありますが、その……何もお願いなんて……」
「いやいや、それは分かっているよ。高橋君から、たっての希望で社長にお願いしたそうだ」
「えっ? 高橋さんが?」
高橋さんから、たっての希望って……。私は、そんなに会計に必要ない人間だったの?
「そんな……」
確かに、数字に弱いかもしれない。書類のミスも多かったし……。でも……。
「何か、勘違いしているみたいだが、高橋君は矢島さんを人事に預けていったんだよ」
預けていった?
「高橋君は自分が帰ってきたら、矢島さんを経理に戻して欲しいと言っていったそうだ」
高橋さん……。
「この2年間に人事で学んだことを、また経理で活かしていきなさい。私が言いたいことは、それだけだ」
「は、はい。ありがとうございます」
「それじゃ、自分で挨拶に行けるね。発令は明後日10日だ。もう新入社員ではないし、勝手知ったる場所だろうから、何も私が一緒に行かなくても大丈夫だな」
「はい」
「行ってきなさい。新しい上司が待ってる」
「は、はい。行ってきます。失礼します」
辞令を握りしめて会議室を出て、福本さんに報告してから経理のある22階へと向かった。
人事の仕事で来ることもあり、見慣れているはずの経理の事務所に入るのに、もの凄く緊張している。
一歩ずつ、会計のある一角へと近づいていく。
自分がいつも座っていた机には、今も誰も座っていない。
そして、その奥に……。
ちょうど、立ってキャビネットの扉を開けてファイルを取り出している高橋さんの後ろ姿が見えた。
ああ、どうしよう。
心臓が口から飛び出てしまいそうだ。
人事部長が、話してくれた言葉が蘇る。
『高橋君は自分が帰ってきたら、矢島さんを経理に戻して欲しいと言っていったそうだ』
そうとは知らず、高橋さんにあの時、酷いことを言ってしまった私は……。
「中原。明日の会議で使う資料は出来てるか?」
「はい」
背中を向けていた高橋さんが振り返り、中原さんに話し掛けていたが、その視線がゆっくりとこちらに向けられて目が合った。
高橋さん……。
「こ、こんにちは」
「あっ、矢島さん。久しぶり」
中原さんが、笑顔で話し掛けてくれている。
「お久しぶりです。中原さん」
中原さんにお辞儀をして、直ぐに高橋さんの前に立った。
「あの……」
「お帰り」
エッ……。
高橋さんも、優しく微笑んでくれている。
ああ、何だか胸がいっぱいになって、言葉が出て来ない。でも、ちゃんと伝えなければ。
「あの……8日付で、経理部会計監査担当に異動する辞令を、人事部長から頂きました」
「そうか。明後日から、よろしく頼むな」
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「席は、分かってると思うがそこだから」
「あっ、はい。ありがとうございます」
あの時、本配属が人事に決まった時……。
「やっぱり私は、会計には不要だったんですね」
「……」
高橋さんは、何も応えずに黙っていた。それなのに、私は……。
「誰が、不要だと言った?」
「それは……」
「もし、誰かがそう言ったのだったら、この場で俺が撤回する」
「でも、私は……。私は、会計に居たかったんです」
高橋さんの思いも知らないで、自分の気持ちだけをぶつけていた。
誰もその後、座らずにいた席。
この席に、また座れる日が来るとは思ってもみなかった。
「矢島さん。お帰り。また、よろしくね」
「えっ?」
中原さんの声で、我に返った
「あっ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「明後日の朝、荷物を人事に取りに行くから纏めといてくれ」
「いやいや、それは分かっているよ。高橋君から、たっての希望で社長にお願いしたそうだ」
「えっ? 高橋さんが?」
高橋さんから、たっての希望って……。私は、そんなに会計に必要ない人間だったの?
「そんな……」
確かに、数字に弱いかもしれない。書類のミスも多かったし……。でも……。
「何か、勘違いしているみたいだが、高橋君は矢島さんを人事に預けていったんだよ」
預けていった?
「高橋君は自分が帰ってきたら、矢島さんを経理に戻して欲しいと言っていったそうだ」
高橋さん……。
「この2年間に人事で学んだことを、また経理で活かしていきなさい。私が言いたいことは、それだけだ」
「は、はい。ありがとうございます」
「それじゃ、自分で挨拶に行けるね。発令は明後日10日だ。もう新入社員ではないし、勝手知ったる場所だろうから、何も私が一緒に行かなくても大丈夫だな」
「はい」
「行ってきなさい。新しい上司が待ってる」
「は、はい。行ってきます。失礼します」
辞令を握りしめて会議室を出て、福本さんに報告してから経理のある22階へと向かった。
人事の仕事で来ることもあり、見慣れているはずの経理の事務所に入るのに、もの凄く緊張している。
一歩ずつ、会計のある一角へと近づいていく。
自分がいつも座っていた机には、今も誰も座っていない。
そして、その奥に……。
ちょうど、立ってキャビネットの扉を開けてファイルを取り出している高橋さんの後ろ姿が見えた。
ああ、どうしよう。
心臓が口から飛び出てしまいそうだ。
人事部長が、話してくれた言葉が蘇る。
『高橋君は自分が帰ってきたら、矢島さんを経理に戻して欲しいと言っていったそうだ』
そうとは知らず、高橋さんにあの時、酷いことを言ってしまった私は……。
「中原。明日の会議で使う資料は出来てるか?」
「はい」
背中を向けていた高橋さんが振り返り、中原さんに話し掛けていたが、その視線がゆっくりとこちらに向けられて目が合った。
高橋さん……。
「こ、こんにちは」
「あっ、矢島さん。久しぶり」
中原さんが、笑顔で話し掛けてくれている。
「お久しぶりです。中原さん」
中原さんにお辞儀をして、直ぐに高橋さんの前に立った。
「あの……」
「お帰り」
エッ……。
高橋さんも、優しく微笑んでくれている。
ああ、何だか胸がいっぱいになって、言葉が出て来ない。でも、ちゃんと伝えなければ。
「あの……8日付で、経理部会計監査担当に異動する辞令を、人事部長から頂きました」
「そうか。明後日から、よろしく頼むな」
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「席は、分かってると思うがそこだから」
「あっ、はい。ありがとうございます」
あの時、本配属が人事に決まった時……。
「やっぱり私は、会計には不要だったんですね」
「……」
高橋さんは、何も応えずに黙っていた。それなのに、私は……。
「誰が、不要だと言った?」
「それは……」
「もし、誰かがそう言ったのだったら、この場で俺が撤回する」
「でも、私は……。私は、会計に居たかったんです」
高橋さんの思いも知らないで、自分の気持ちだけをぶつけていた。
誰もその後、座らずにいた席。
この席に、また座れる日が来るとは思ってもみなかった。
「矢島さん。お帰り。また、よろしくね」
「えっ?」
中原さんの声で、我に返った
「あっ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「明後日の朝、荷物を人事に取りに行くから纏めといてくれ」