新そよ風に乗って 〜幻影〜
高橋さん。前と同じだ。
何か、時が戻っているような……。
「はい。あの、でも明日仕事が終わったら、そんなに荷物はないので自分で運んできます」
「いいよ。矢島さん。俺、取りに行くよ」
中原さん……。
「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫なので」
人事の荷物は、本当にあまりなかった。
殆どの書類に個人情報が絡んでいるので、複写厳禁で持ち出せないようになっている。だから、自分がメモしたノートや筆記用具ぐらいしか荷物はなかった。あと、会社からの配布物等があるだけ。
結局、翌日の仕事が終わってから荷物を人事から経理に運んだが、二往復するだけで済んでしまったので直ぐに終わった。
「あら、矢島ちゃん。また、よろしくね」
「折原さん。おはようございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
折原さん。相変わらず格好いいな。背も高いしスタイルも良くて、本当に羨ましい。
「高橋は、やっぱりいい男よね」
「えっ?」
耳元で折原さんがそう囁いたので、驚いて顔を見るとウィンクをされた。
「あの男、本当に何も言わないんだから」
はい?
「思いっきり、貶してやったのよ」
折原さん?
「私さ、矢島ちゃんが本配属で人事に行った後、何で経理から出したんだって、何考えてんのよって、高橋に食って掛かったのよ」
「折原さん……」
「それでも高橋は、何も言い返さなかったし、何も言わなかった。人事だからとしかね」
そうだったんだ。
「でも、こうしてまた矢島ちゃんが戻ってきたってことは、きっと高橋が何かやったのよね。見え見えだもん」
うっ。
何も言い返せない。何か言葉を発したら、人事部長から聞いたことを口走ってしまいそうだ。
「黙して語らず。いい男は、本当にみんなそうなんだよねえ」
「折原さん?」
「あっ、独り言。じゃ、また楽しく仕事しましょうね」
「はい。よろしくお願いします」
折原さんが、高橋さんに食って掛かったなんて。それでも高橋さんは、何も言わなかった……。
高橋さんと折原さんって、素敵な関係の同期だな。お似合いだし。
お似合い?
高橋さんと折原さんが、お似合い……。
うわっ。
駄目、駄目。私、何考えてるんだろう。
打ち消すようにして、頭を何度も振った。
「また、目障りな人が経理に来たわね」
黒沢さん……。
「あの、今日から会計監査に異動になりました。よろしくお願いします」
常に社員の皆さんが、お客様だと思いなさいと言われた。
これが、人事で教わった一番大事なこと。そう思って接すれば、何事もスムーズに進むからと……。
人事担当にとってのお客様は、社員だった。黒沢さんは、経理の先輩だもの。
「よろしくなんて、されたくもないわよ」
黒沢さんは、そう言うと行ってしまった。
「気にしない方がいいよ」
中原さんが肩を、ポン!と叩いた。
「ああいう人は、いつか自分が同じことを言われないと気づかないから」
中原さん。
「はい……」

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