新そよ風に乗って 〜幻影〜
会計に戻ってこられた喜びも束の間、毎日数字との睨めっこ。書類のチェックも、山のように溜まっていく。もうすぐ半期決算だから、尚更なのかもしれない。
勿論、相変わらず高橋さんもフル回転で忙しそう。高橋さんが戻ってくる前に、契約社員として来てもらっていた税理士さんは、7月末付で契約終了したそうで、非常勤の公認会計士も、もう高橋さんが戻ってきたので総会等がなければ来ないらしい。
そんな決算月の今日も少し残業した後、帰ろうと思ってIDカードをスリットさせ、会社を出ようとしていた。
警備本部から外に出て駅に向かって歩き出したところで、ポツポツと雨が降ってきてしまった。
あれっ? 雨?
うわっ。降ってきた。
慌てて置き傘を事務所に取りに戻ろうと、横断歩道の手前で引き返して走って警備本部に飛び込んだ。
またIDカードを見せようと、走って来たので呼吸を整えながらバッグの中から取り出し 見せていると、靴音がして前から高橋さんが事務所の鍵を持って歩いてくるのが見えた。
ちょうど良かった。鍵を借りて行こう。
高橋さんも私に気づいたのか、首を傾げながらこちらに近づいて来る。
「どうした?」
警備本部の受付に、鍵を置きながら話し掛けられた。
「お疲れ様です。駅に向かう途中で雨が降ってきてしまって、傘を取りに戻ってきたんです。あの……鍵を貸して頂けますか?」
「雨? じゃあ、送って行ってやるぞ」
エッ……。
鍵を受け取ろうとして、高橋さんが思いも寄らないことを口にした。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。事務所に行けば、傘がありますから。それじゃ、お疲れ様でした」
高橋さんが置いた事務所の鍵を持って、ノートにまだ高橋さんは返却のサインをしていなかったので、そのままエレベーターに向かって歩き出そうとした。
うわっ。
「キャッ……」
ちょうど雨が降り出したので、警備本部の入り口に泥よけ兼水滴避けの為に敷かれていたマットの端が何かの拍子に捲れ上がり、その捲れ上がった箇所に左足を取られた私は、そのまま左足をマットの中に突っ込んだままバランスを失って、前につんのめるようにして転んでしまった。
「痛っ……」
「おい! 大丈夫か?」
そう言って、高橋さんが起こしてくれた。
「すみません。キャッ……」
立ち上がろうとした途端、足首に痛みが走って上手く立てずにまた転びそうになってしまったが、高橋さんが腕を掴んで支えてくれたので転ばずに済んだ。
「足痛むのか?」
足の痛みに思わず顔が歪んでしまい、高橋さんの問い掛けにも黙って頷くことしか出来ない。
「すみません。今の時間を、そこに書いておいてくれます? いつも、日誌を付けてますよね?」
何故か、高橋さんが警備本部の人に向かって、そんなことを言っている。
「はい。承知しました」
警備の人の声は聞こえたが、痛さもあって何のことだかよくわからない。
「お前、IDカードスリットしたか?」
「えっ?」
高橋さん。
何で今、そんなこと聞くの?
痛みを堪えながら、高橋さんの顔を見た。
「だから、ちゃんとIDカードをスリットさせたかどうか聞いてるんだ」
な、何で、そんなこと……。
「はい……。一応、スリットさせましたが……それが、何か?」
思い出してみても、確かにIDをスリットさせた記憶があった。
勿論、相変わらず高橋さんもフル回転で忙しそう。高橋さんが戻ってくる前に、契約社員として来てもらっていた税理士さんは、7月末付で契約終了したそうで、非常勤の公認会計士も、もう高橋さんが戻ってきたので総会等がなければ来ないらしい。
そんな決算月の今日も少し残業した後、帰ろうと思ってIDカードをスリットさせ、会社を出ようとしていた。
警備本部から外に出て駅に向かって歩き出したところで、ポツポツと雨が降ってきてしまった。
あれっ? 雨?
うわっ。降ってきた。
慌てて置き傘を事務所に取りに戻ろうと、横断歩道の手前で引き返して走って警備本部に飛び込んだ。
またIDカードを見せようと、走って来たので呼吸を整えながらバッグの中から取り出し 見せていると、靴音がして前から高橋さんが事務所の鍵を持って歩いてくるのが見えた。
ちょうど良かった。鍵を借りて行こう。
高橋さんも私に気づいたのか、首を傾げながらこちらに近づいて来る。
「どうした?」
警備本部の受付に、鍵を置きながら話し掛けられた。
「お疲れ様です。駅に向かう途中で雨が降ってきてしまって、傘を取りに戻ってきたんです。あの……鍵を貸して頂けますか?」
「雨? じゃあ、送って行ってやるぞ」
エッ……。
鍵を受け取ろうとして、高橋さんが思いも寄らないことを口にした。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。事務所に行けば、傘がありますから。それじゃ、お疲れ様でした」
高橋さんが置いた事務所の鍵を持って、ノートにまだ高橋さんは返却のサインをしていなかったので、そのままエレベーターに向かって歩き出そうとした。
うわっ。
「キャッ……」
ちょうど雨が降り出したので、警備本部の入り口に泥よけ兼水滴避けの為に敷かれていたマットの端が何かの拍子に捲れ上がり、その捲れ上がった箇所に左足を取られた私は、そのまま左足をマットの中に突っ込んだままバランスを失って、前につんのめるようにして転んでしまった。
「痛っ……」
「おい! 大丈夫か?」
そう言って、高橋さんが起こしてくれた。
「すみません。キャッ……」
立ち上がろうとした途端、足首に痛みが走って上手く立てずにまた転びそうになってしまったが、高橋さんが腕を掴んで支えてくれたので転ばずに済んだ。
「足痛むのか?」
足の痛みに思わず顔が歪んでしまい、高橋さんの問い掛けにも黙って頷くことしか出来ない。
「すみません。今の時間を、そこに書いておいてくれます? いつも、日誌を付けてますよね?」
何故か、高橋さんが警備本部の人に向かって、そんなことを言っている。
「はい。承知しました」
警備の人の声は聞こえたが、痛さもあって何のことだかよくわからない。
「お前、IDカードスリットしたか?」
「えっ?」
高橋さん。
何で今、そんなこと聞くの?
痛みを堪えながら、高橋さんの顔を見た。
「だから、ちゃんとIDカードをスリットさせたかどうか聞いてるんだ」
な、何で、そんなこと……。
「はい……。一応、スリットさせましたが……それが、何か?」
思い出してみても、確かにIDをスリットさせた記憶があった。