新そよ風に乗って 〜幻影〜
あっ……。
思わず、正直に応えてしまっていた。高橋さんのお部屋では、余計だった。
「ハハハッ……。陽子ちゃん。正直だな」
うっ。失敗。
言わなくてもいいことまで、言ってしまった。
「あ、あの……。私は、別の部屋で寝ますからって言ったんですよ? でも、高橋さんが……」
『こっちのベッドの方が、お前の足に負担がかからなくていいから』
高橋さんは、そう言って……。
「貴博は、陽子ちゃんの足のことを考えたんじゃない?」
「えっ? 明良さん。何で、分かったんですか? 高橋さんが、こっちのベッドの方が、足に負担がかからなくていいからって」
「そう。相変わらずだな、貴博は……。本当にアイツは、優しさが服着て歩いてるような奴だから」
エッ・・・・・・
優しさが服着て歩いてる?
「陽子ちゃんの足のことを考えたら、ウォーターベッドの方が断然いいからそうしたんだろうね」
きっと、明良さんの言うとおりなんだと思う。だから高橋さんは、ウォーターベットに私を寝かせてくれた。
「そうですね」
「貴博は、そういう男だよ」
改めて明良さんに言われて、高橋さんと過ごした週末を思い出す。本当に、高橋さんは怪我をしている私に優しくしてくれた。でも、それは私が怪我をしてしまったから。
卑屈な考えだけれど、どうしても高橋さんの言葉が頭から離れない。
高橋さんの心には、今も別れた彼女が住んでいる。これから先も、ずっと……。
あっ、そうだ。
もしかして、明良さんなら……。明良さんだったら、知っているかもしれない。
「明良さん。あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……」
「うん。なーに?」
「あの……。高橋さんのお家のリビングから向かって、左側の一番奥のドアがあるじゃないですか。手前に2つドアが並んでいて、その奥のドアのお部屋なんですが、あのお部屋には何があるんですか? 高橋さんに、モデルルームみたいに各お部屋を見せて頂いていたんですが、あの部屋だけは、見なくていいと言われてしまって。でも、凄く気になっていて……」
「……」
明良さん?
もしかして、聞いてはいけなかったのかもしれない。明良さんが、明らかに応えに困っている気がする。
もう、駄目だな。また後先考えずに、聞いてしまった。
「あの、明良さん。ごめ……」
「俺も詳しくは知らないけど、あの部屋には、貴博が誰にも触れて欲しくない、何かがあるんだろうね」
誰にも触れて欲しくない、何かが……。
「陽子ちゃん。もしかして、貴博のこと……」
「えっ? な、何、言ってるんですか。明良さん。やめて下さい。そ、そんなんじゃないですから。高橋さんは尊敬している上司で、わ、私はその部下ですから。ただ、ただそれだけですから」
「そうなの? 俺は、またてっきり陽子ちゃんは貴博のことが好きなのかと思ってた」
「そ、そんなこと、あるわけないじゃないですか。もう、明良さんったら、勘違いしないで下さい」
ああ、もうどうしよう。明良さんに、バレてしまいそうで怖い。
「陽子ちゃん。落ち着いて」
「お、落ち着いてますよ。もう、明良さんが変なこと言うからです」
「貴博のこと、本気で好きになったら駄目だよ」
「えっ?」
「いや、好きになるのは自由だから、問題ないんだけどさ。もし、もしも、仮にだよ? 仮に陽子ちゃんが、この先、貴博を好きになることがあったとしたら、本気でぶつかっていかないと無理だから。生半可な気持ちでは、貴博は靡かない」
明良さん……。
「なーんてね。でも、俺の勘違いだったみたいだから、心配なさそうだ」
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