新そよ風に乗って 〜幻影〜
「お疲れ様」
駅のエスカレーターに乗りながら、中原さんの言葉がガンガン頭に響いていた。
高橋さんが、私のために。
それなのに、私は……。
エスカレーターを降りてホームに着いたが、無意識に直ぐ隣の下りエスカレーターに乗っていた。
高橋さんに、謝りに行かなきゃ。こんな簡単な選択を、何故今までできなかったんだろう。中原さんと同じホームに立ったが、その前の電車に中原さんは乗っていってしまったみたいで、ホームにその姿はもうなかった。
電車で行ったことがなかったのでうろ覚えだったが、確か高橋さんのマンションの最寄り駅は桜本町と聞いた気がする。降りたことのない桜本町で下車して改札口を出ると、目の前の大通りに見覚えがあった。
この大通りは、いつも車で通ってる環状線かな?
暗かったが左右を見渡すと、見覚えのある看板が目に入り、高橋さんのマンションに向かう時は、その看板を左手に見ながら車で走っていたことを思い出した。
きっと、こっちだ。
駅から歩き出したが、高橋さんのマンションまでは思った以上に駅から距離があり、少し左足が痛くなってしまったが、今はその痛みも耐えられた。
会って、ちゃんと謝らなきゃ。
その一心で黙々と歩き、途中で迷ってしまったこともあって、駅から30分以上かかって高橋さんのマンションに辿り着いた。
ドキドキしながらマンションのエントランスに入り、部屋番号を押してインターホンを鳴らさなければならない。緊張して、指が震えているのが分かる。
ああ、もうドキドキする。でも此処まで来たんだから、頑張らなきゃ。
勇気を出して部屋番号を押してインターホンを押すと、その音に緊張はMAXに達していた。
しかし、インターホンは鳴っているのに応答がない。
あれ?
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