新そよ風に乗って 〜幻影〜

「で、でも、　『今夜は、俺に付き合えと言ったら、そういうことだろ？』　って」
「もし、お前の家の前で、まともに明良のところに行くと言ったら、お前は何て言った？　恐らく、大丈夫だからと言って痛さも堪えて週末を過ごすだろう？　違うか？」
高橋さん……。
「早めに診てもらって、食い止められるダメージは軽いうちに取り払う。その足を見てしまった以上、それは俺の役目だと思ってる」
「ごめんなさい」
「実のところ、俺の家に歩いて行って悪化したと言ったら、それこそ明良に何言われるか今からヒヤヒヤしてるけどな」
高橋さんが、悪戯っぽく笑っている。
「高橋……さん」
ああ、1人で馬鹿みたい。
「ごめんなさい。ごめん……なさい」
「俺が、お前に手を出すとでも思ったのか？」
もう隠しても無駄だと思って泣きながら頷くと、高橋さんが急にシートベルトを外して、俯いていた私の顎を左手で少し持ち上げた。
ち、近いです。近過ぎですって、高橋さん。
「お前、さっき覚悟はできてると言ったよな？」
「あ、あの、そ、それは……」
「じゃ、遠慮なく」
高橋さんが、耳元で囁くように言った。
エッ……。
急に目の前が暗くなった途端、高橋さんの唇が私の唇にそっと触れた。
それは、あまりにも突然で、一瞬の出来事に何が起きたのか最初理解できなかった。
「フッ……。相変わらず。ちっこい鼻だな」
「あ、ああ、あの……」
「お前、発声練習でもしてるのか？」
発声練習って……。
「ち、違います。あの……」
「何だ？　挨拶代わりのキスじゃ、物足りないのか？」
あ、挨拶代わりって……。
「な、何、言ってるんですか。高橋さん」
「ハハッ……。なーにが、覚悟はできてるだ。背伸びは、するな」
「で、でも私、本当に……」
「いいか？」