新そよ風に乗って 〜幻影〜
エッ……。
思わず高橋さんの顔を見ると黙って静かに頷いたので、もう1度明良さんを見た。
「はい。すみません」
明良さんの後ろから付いていくと、隣の部屋のドアを開けて私を先に入れてくれた。
「ありがとうございます」
「此処に座って」
この部屋にはベッドと机が置いてあって、寝室として使っているみたいで、椅子をベッドの前に持ってきて私をその椅子に座らせてくれると、明良さんはベッドに腰掛けた。
「すみません。本当に……」
「ああ、気にしないで。俺は、これが仕事だから」
「でも……」
「陽子ちゃんには、24時間診察特権」
明良さん……。
「で? どーしたら、こんなんなっちゃうのかな?」
うっ。
優しい明良さんなのに、鋭くズバッと切り込まれてしまった。
「そ、それは……」
「正直に、ね?」
「あ、あの、そ、それはですね……」
明良さんにも、高橋さんと同じように誤魔化しはきかないと思い、正直に今夜あった出来事を話した。
「ふーん。そうだったんだ。貴博が、陽子ちゃんの家の前でねえ……」
「えっ?」
「ああ、何でもない。だけど、あまり長時間歩き回らないで。今、治りかけてきてるところに負担かけると良くないから」
「はい。すみません」
明良さんは左足首を見ながらそう言うと、顔を上げて私を見た。
「まあ、そうも言ってられなかったんでしょ? 居ても立っても居られなかった……っていうのが、陽子ちゃんの正直な気持ちだよね?」
「明良さん……」
「だけど、本当に貴博のことを思うんだったら、1日も早く足を治すことだよ。それが、いちばん貴博も安心する」
「はい」
本当に、そうなんだ。
高橋さんに、心配ばかりかけてしまっている。
「さっきさ、途中から貴博が電話してきたんだけど、俺のミスでって言ってたんだよ」
エッ……。
俺のミスって?
「最初は、俺のミスっていうから、貴博が陽子ちゃんの足を悪化させるようなことでもしたのかと思ったんだよ」
ハッ?
「明良さん? そ、それは、どういう意味ですか?」
「えっ? ど、どういう意味って……。ねぇ、貴博がベッドに押し倒した。とか?」
はい?
「明良さん!」
「ごめん、ごめん。ちょっと、想像力豊か過ぎちゃう俺だから。キスとかしちゃって、止まらなかったのかなあ? とかね」
キス……。
うわっ。
いきなり、車の中でのことを思い出してしまい。思わずまた両手で口を押さえてしまった。
「えっ? 陽子……ちゃん?」
「えっ? あ、明良さん。な、何ですか?」
どうしよう。明良さんに、何だか気づかれてしまったかもしれない。
「そういうことか……」
「あの……」
何? そういうことかって?
< 74 / 230 >

この作品をシェア

pagetop