新そよ風に乗って 〜幻影〜
「湿布貼って少しきつめに包帯巻いたのは、固定させたいから。できれば、明日の朝までこの状態にしておいて」
「は、はい」
治療のことを話す時の明良さんはまったく別人で、やっぱりお医者さんなんだと実感する。
「さあ、そろそろ戻ろう。きっと貴博が、やきもきしてるよ」
ドアを開けて、明良さんが私を先に寝室から出してくれた。
「どうだ?」
「ほらね? 貴博は本当に心配してるんだ。うーん……」
明良さんが小声でそう言うと、私をソファーに座らせてくれてから手に持っていた包帯と湿布薬をリビングの棚にしまった。
「少し腫れが酷くなったけど、左足を酷使しなければ治まると思う。ちょうど週末だし、安静にしててもらえば大丈夫じゃないかな」
「そうか」
「陽子ちゃん。良かったね」
「はい。すみません。ご心配お掛けしてしまって」
「まあ、貴博が悪さしなければ、大丈夫じゃない?」
「どういう意味だよ?」
「どういう意味も何も、陽子ちゃんに聞いちゃった」
エッ……。
すると、高橋さんと仁さんが私を同時に見た。
「な、何のことですか? 明良さん。私、な、何も言ってないですよ」
突然、明良さんったら、何を言い出すんだろう。
「そんな、くだらないことはいいから。飯だ、飯。俺は、もう一歩も動けないぞ」
高橋さん。
もしかして、晩ご飯も食べてなかったの?
「俺も」
「おいおい。どっかの賄い屋と、勘違いしてないか? 貴博も仁も、此処は俺の家なんだぞ? それなのに、何で2人に指示されなきゃいけないんだよ?」
「何でだろうな?」
「そういう決まりになってるからじゃないのか?」
高橋さんと仁さんが、まるで他人事のように2人で話し合っている。
「おい!」
「はい」
「何でしょう?」
「陽子ちゃん。お腹空いた?」
「えっ? わ、私ですか? は、はい。お腹空いています」
いきなり明良さんに振られて、咄嗟に正直に応えてしまった。
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