新そよ風に乗って 〜幻影〜
「もう少し……お前。俺を頼れ」
エッ……。
視線を高橋さんに戻すと目が合い、目が合った途端、鼓動が早くなるのがわかったが、次の瞬間、高橋さんに抱っこされ、ベッドから車椅子へと移動していた。
キュキュッと、車椅子のタイヤが床を擦る音が診察室に響き、車椅子を高橋さんが回転させてドアの手前まで移動させた。
そして、あとは横引き戸式のドアを開けるだけだったので、そのぐらいなら私でも出来ると思い、手を伸ばしてドアの取っ手を横に引こうとして右手でドアの取っ手を掴んだ、その時。
エッ・・・・・・。
ドアの取っ手を掴んだ自分の右手が、一瞬見えなくなった。
何?
車椅子に座っている私の後ろから高橋さんの手が伸びてきて、ドアの取っ手を掴んだ私の右手の上に高橋さんの右手が重なった。
嘘……。
どうしよう。高橋さんの手が……。
しかし、直ぐに私の右手は高橋さんの右手によってドアの取っ手から引き離され、そのまま膝の上に戻された。
な、何? 
高橋さん?
車椅子に座ったまま高橋さんを振り返ったが、直ぐさま高橋さんに両肩を持たれ、前を向かされてしまった。
僅かな沈黙が余計に拍車を掛け、胸の鼓動を速くしてしまう。
すると、微かに背中越しに高橋さんが動いた気がした途端、フワッと高橋さんの香りが私の耳元から鼻腔へと仄かに感じられた。
「わかったのか?」
「えっ?」
無意識にまた後ろを振り返ろうとしたが、高橋さんの両腕に力が入り、振り返る事に失敗したが、高橋さんの顔が右肩の横に近づき、髪に高橋さんの左頬が触れそうだった。
「さっき俺が言ったこと、理解出来たのか?」
仕事の時と違う優しい口調で耳元で言われ、高橋さんの声のトーン心地よさと、近過ぎる 高橋さんの顔に思わず目を瞑ってしまっていた。
「どうなんだ?」
あっ。
私、返事をしていなかったんだ。
心の中では頷いていた自分がいたので、てっきり返事をしたつもりになっていた。
でも、何だか恥ずかしくて、黙ったままぎこちなく頷くことしか出来なかった。
「いい子」
エッ……。
高橋さんはそのままの体勢で、左手で私の頭を撫でた。
凄く今、高橋さんと接近している。だ、駄目だ。心臓が飛び出してしまいそう。
近い、近過ぎですって、高橋さん。
「それじゃ、行こうか。まず、薬局寄ってからな」
ドキドキして緊張しているせいか、声が出ない。
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