新そよ風に乗って 〜幻影〜
高橋さんが、少し私に顔を近づけてきた。
「今度の異動で、人事に帰されるんですか?」
言ってしまった。
でも、聞かずには……いられなかった。
高橋さんの瞳をジッと見つめると、高橋さんも表情すら変えずに、そんな私を微動だに視線も動かさずに見つめている。
「人事的なことは、悪いが言えない」
きっと、これが応えなのかな?
高橋さんの言い方は、優しさの欠片もなく、ただジッと私を見据えながらワントーンの無機質な言い方だった。
「そうですよね、すみません。送って頂いて、ありがとうございました。おやすみなさい」
「ちょっと、待って。家の前まで行くから」
そう言って、高橋さんは車を私の家の前まで動かした。
高橋さんが運転席のドアを開けて降りたけれど、その行動を無視するように自分で助手席のドアを開けて車を降ると、そんな私の行動を、高橋さんは黙ったまま表情ひとつ変えずに運転席から降りて見ていた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
高橋さんは、また運転席に座ってドアを閉めた。
そんな高橋さんを見送ることもなく、振り返らずにマンションの入り口へと向かい、エレベーターに乗ったが、エレベーターを降りて部屋までの通路を歩きながら、ふと下の道路を見た。
エッ……。
高橋さんの車が、まだ停まっている。
何故?
よく見ると、フロントガラス越しにハンドルを両手で抱え込むようにして身を預け、前を見つめながら煙草を吸っている高橋さんの姿が見えた。
何で?
何故、まだそこに居るの?
ハンドルを両手で抱えながら煙草を吸っていた高橋さんが、不意にハンドルに顔を埋めた。
高橋さん。どうしたの?
まるで、何かを悩んでるような……。
離れた所からでも、そんな高橋さんの様子が見て取れる。
暫く、そのまま動かなかった高橋さんが顔を上げ、煙草を灰皿に押しつけてフロントガラス越しに上を見た。
あっ。
まずい……。目が合っちゃった。
別に、悪いことをした訳でもないけれど、何となくバツが悪い。
視線をお互い逸らさずに見つめ合っているが、今、高橋さんがどんな瞳をしているのかまでは遠くて分からない。けれど、ジッと私を見つめる高橋さんの表情は、思い過ごしかもしれないが、とても険しいように感じられる。この高橋さんとの距離は、まるで今の高橋さんと私の心の距離を表しているよう。
すると、高橋さんは私から視線を外し、車のエンジンをかけて走り去って行ってしまった。
さっき、私が高橋さんを振り返ることもなくマンションの中に入ってしまったように、高橋さんもまた、私に手を振ることもなく行ってしまった。
何だか、よく分からない。
「今度の異動で、人事に帰されるんですか?」
言ってしまった。
でも、聞かずには……いられなかった。
高橋さんの瞳をジッと見つめると、高橋さんも表情すら変えずに、そんな私を微動だに視線も動かさずに見つめている。
「人事的なことは、悪いが言えない」
きっと、これが応えなのかな?
高橋さんの言い方は、優しさの欠片もなく、ただジッと私を見据えながらワントーンの無機質な言い方だった。
「そうですよね、すみません。送って頂いて、ありがとうございました。おやすみなさい」
「ちょっと、待って。家の前まで行くから」
そう言って、高橋さんは車を私の家の前まで動かした。
高橋さんが運転席のドアを開けて降りたけれど、その行動を無視するように自分で助手席のドアを開けて車を降ると、そんな私の行動を、高橋さんは黙ったまま表情ひとつ変えずに運転席から降りて見ていた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
高橋さんは、また運転席に座ってドアを閉めた。
そんな高橋さんを見送ることもなく、振り返らずにマンションの入り口へと向かい、エレベーターに乗ったが、エレベーターを降りて部屋までの通路を歩きながら、ふと下の道路を見た。
エッ……。
高橋さんの車が、まだ停まっている。
何故?
よく見ると、フロントガラス越しにハンドルを両手で抱え込むようにして身を預け、前を見つめながら煙草を吸っている高橋さんの姿が見えた。
何で?
何故、まだそこに居るの?
ハンドルを両手で抱えながら煙草を吸っていた高橋さんが、不意にハンドルに顔を埋めた。
高橋さん。どうしたの?
まるで、何かを悩んでるような……。
離れた所からでも、そんな高橋さんの様子が見て取れる。
暫く、そのまま動かなかった高橋さんが顔を上げ、煙草を灰皿に押しつけてフロントガラス越しに上を見た。
あっ。
まずい……。目が合っちゃった。
別に、悪いことをした訳でもないけれど、何となくバツが悪い。
視線をお互い逸らさずに見つめ合っているが、今、高橋さんがどんな瞳をしているのかまでは遠くて分からない。けれど、ジッと私を見つめる高橋さんの表情は、思い過ごしかもしれないが、とても険しいように感じられる。この高橋さんとの距離は、まるで今の高橋さんと私の心の距離を表しているよう。
すると、高橋さんは私から視線を外し、車のエンジンをかけて走り去って行ってしまった。
さっき、私が高橋さんを振り返ることもなくマンションの中に入ってしまったように、高橋さんもまた、私に手を振ることもなく行ってしまった。
何だか、よく分からない。