新そよ風に乗って 〜幻影〜
診察室から出て、時間外薬局に寄って湿布薬を受け取ってから駐車場へと向かった。
高橋さんが車椅子を返しに行っている間も、先ほどの出来事がまだ頭から離れず、思い出しては胸がキュンとなって、高橋さんが車に戻ってきてからも、先ほどのシーンが蘇ってきてはヒューンとなって、ひとり私の心臓は落ち着かない。そんな状態を何度も繰り返しをしながら明良さんの車が来るのを待って、イタリアンレストランへと向かったのだった。
レストランの駐車場に着き、先に明良さんが車を停めて降りて来ると、高橋さんの車の助手席側に立ってドアを開けてくれた。
「すみません。ありがとうございます」
「ちょっと、待って」
エッ……。
車から降りようとして、明良さんに止められた。
「陽子ちゃん。これ履いて」
そう言って明良さんが足元に置いてくれたのは、男性用のサンダルだった。
「あの……」
「湿布と包帯で足が大きくなってるから、靴履けないでしょ? でも、これなら包帯も汚れないし、大丈夫なんじゃない? スリッパだと、返って危ないからさ」
明良さん……。
明良さんは、捻挫した私の左足にサンダルを履かせてくれた。
「すみません。明良さん。お借りします」
明良さんの細やかな配慮に、本当によく気がつく人だなと感心してしまう。
「あっ。でも、そっちのヒールと高さが違うと危ないから、両方履き替えちゃえば?」
「えっ?」
何だか少し格好悪いような気もするけれど、ここはやっぱりお医者さんの言うことを聞いておいた方が良さそうだ。
「はい。そうします。明良さん。ありがとうございます」
そして、明良さんに支えられて、イタリアンレストランにサンダルで入店してしまったが、個室だったので周りの視線を気にすることもなく、内心ホッとしていた。
やっぱりサンダルでイタリアンレストランというのは、せっかく用意してくれた明良さんには申し訳ないのだが、少し恥ずかしいと思ってしまうのが、厄介な乙女心だったりもする。
そんな心配事も解消されて、イタリアンを美味しく頂けることになったが、今日は高橋さんも明良さんも車だったから、お酒は飲まなかったので割と早めに食事も終わった。
「じゃあ、陽子ちゃん。日曜日に、教えて貰ったメールアドレスに連絡するね。その時に、 次の外来を何時にするか決めよう」
「はい。いろいろご迷惑お掛けして、申し訳ありません。本当に、ありがとうございました」
明良さんに、凄く感謝している。とても頼りになるお医者さんだ。
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