来る日も来る日もXをして
──明日先輩と話さないと・・・これが最後のチャンスだ。

明日先輩はかなり集中して仕事をしているようだ。トイレを済ませて、先輩にコーヒー───突然キスされたあの夜に買ってもらったプレミアムコーヒー───を買って話しかけようと思った。

トイレから出て自販機に向かっているとその途中にあるエレベーターから東雲(しののめ)くんが降りてきた。私がいることに気づくと彼の美しい顔がパッと華やぐ。

「東雲くん、まだいたんだ?」

(すずな)さんより先に帰るわけないじゃないですか。甘いもの買ってきたんです。シュークリームとエクレア、どっちがいいですか?」

「・・・ごめん、私カスタードクリーム苦手なんだ・・・。」

「え~そうなんですか?覚えときます。和菓子は好きですよね?あんことかきなことか。」

「うん。」

「じゃ、買い直してきます。」

「そんな、いいよ。」

「菘さんとティータイムしたいんで行きます。」

「こんな時間にスイーツ食べたら太るから・・・。」

「いくらでも痩せるマッサージしてあげますよ?菘さん専属になってもいいんですから。」

そんなことを言ってスイーツよりも甘ったるい視線を向けてくる。私のことを下の名前で呼ぶようになった東雲くんは今や別人のようだった。瓶底眼鏡とマスクはそのままだったけれどウィッグを外して地毛を黒く染めた。仕事に熱心に取り組むようになると、めきめきと頭角を表し、社長も部長も大いに喜んでいる。そして私へのアプローチ・・・言葉では積極的に迫ってくるが無理矢理触れてくるようなことはなかった。

「あ、そうだ。」

エレベーターのボタンを押そうとした東雲くんが振り返る。

「明日さん、まだいますよね?下に彼女さん来てたんで、声かけないと。彼女さんメッセージ送ったそうなんですけど既読にならないみたいで。」

「彼女・・・!?」

「ショートカットの。前も来てて、明日さんと一緒にフィンランド行くって。」

その言葉は私の全身を貫いて一瞬で冷やし固めた。コーヒーを買うために取り出していた小銭が手のひらからこぼれた。
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