来る日も来る日もXをして
「忍くーん!」

美彩ちゃんが呼びかけて駆け寄ると彼は振り向いて立ち止まった。学生時代はソフトボール部に入っていて髪もベリーショートだったという美彩ちゃんは長身で、東雲くんとあまり身長が変わらない。

今はゆるふわロングにしている髪を揺らして近づいてくる彼女を『誰だっけ?』という表情で見つめている東雲くんが、その後ろで立ち止まったままの私に気づいて片方の口角を上げるのを私は見逃さなかった。もう始業まで時間もないし、美彩ちゃんに『先に行くね。』と言う為に二人に近づく。

「もぉ~忍くんてば、メッセージ送ったのに何日も未読のままなんだもん。」

いつもはサバサバしている美彩ちゃんが甘ったるい声になる。

「すみません。いろんな人から来るので・・・。」

「まぁ、そうだよね。忍くん、ノー残業デーは一時間くらい早退してるけど、昨日は更に早かったよね?」

その言葉に東雲くんは先程よりも大きく口角を上げた。

「昨日はずっと家に来てほしかった人が来たからすごく濃厚な時間でした。」

そう言ってこちらにねちっこい視線を送ってくる。寒気がしてきた。

「美、美彩ちゃん、私先に・・・。」

けれど、そのか細い声は東雲くんの言葉に衝撃を受けた彼女には届かなかった。

「・・・へえ~、忍くんの方から来てほしいなんて珍しいね。どんな人なのか気になる。」

「意外に近くにいるかもしれませんよ?」

そう言った東雲くんは完全にニヤついている。

「え~それって会社の人ってこと?誰にも言わないから教えて。」

美彩ちゃんは髪を耳にかけて、揺れるピアスをつけた耳を東雲くんの口元に近づけ、彼はその耳元に口を寄せる。

───やばい!このままでは私もイケメンエキスを注入したくて東雲くんのところに行ったと思われてしまう!

明日(あけひ)先輩との動画を拡散されることに関しては覚悟をしてきたが、そちらに関しては全く頭になかったのだ。迂闊だった。
< 55 / 162 >

この作品をシェア

pagetop