暴君CEOの溺愛は新米秘書の手に余る~花嫁候補のようですが、謹んでお断りします~
おふくろの味かあ。
俺にはないなあ。

ホテルを出て高速を飛ばしながら、そんなことを考えた。
小学校低学年の時に両親を交通事故で失い、すぐに寄宿制の学校へ入れられた。
そこには仲間も大勢いたし、休みのたびに爺さんの家に帰省していたから寂しいと思ったことはないが、俺の家はないんだと思っていた。
当然のことながら、おふくろの味の記憶もない。
それでも、俺は父親と手を繋いだことも母親に抱かれたことも覚えているが、生後数ヶ月で両親と死別した妹にはその記憶さえない。
葬儀の後すぐに里子に出され、中学卒業まで一条の人間であることさえ知らされていなかったから、あいつは未だに一条家を恨んでいる。
そうやって考えてみると、俺たち兄妹は寂しい人間なのかもしれないな。

ピコン。
メールの受信。
『坂本さんの診察をいたしました。今はまだ高熱がありますが、おそらく一時的な風症状だと思います。抗生部質と解熱剤を処方して、お部屋へ届けるように手配しております』
診察を依頼した医師からの経過報告だった。

どうやらたいしたことは無いようで安心した。
後は少しでも食べさせて、温かくして寝させよう。
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