薙野清香の【平安・現世】回顧録
(訳の分からないことを言う)


 清香は幻想を振り払うかのように、首を大きく横に振った。


「そうじゃなくって!そもそも崇臣は視野が狭くなってるの!私のことは置いといて、崇臣はもっと外に出るべきなのよ。ほら、人間出会った人としか恋愛はできないし……世界が狭いとそれだけで対象者が限られてくるでしょう?だからね、わざわざそんな中で無理に恋愛する必要はないし、それがリスキーな相手ならなおさらだと私は言ってるわけで」

「だから、それがわからんと言ってるんだ」


 ギシッと音を立ててゴンドラが揺れる。ハッとして清香が顔を上げると、崇臣が隣へと腰掛けていた。


(もうドキドキしないって決めてたのにっ)


 清香の気持ちとは裏腹に、心臓は呆気なく陥落する。速度を増して鼓動を刻む己の一部が、清香は腹立たしかった。


「俺はおまえが良い」


 狭いゴンドラに、崇臣の声が響く。夕闇に照らされた崇臣の美しく整った顔は幻想的で、やはり現のものとは思えない。発せられた言葉も、とても信じがたいものだった。


「……気のせいよ」


 清香は努めて冷たい声で言い放った。


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