薙野清香の【平安・現世】回顧録
「違う」


 崇臣の手がそっと清香に触れる。動揺を悟られないよう、清香はゆっくりと瞬きを一つした。


「じゃあ気の迷いよ」

「違うと言っている」

「だったら聞くけど、崇臣が私の何を知ってるというの?」


 思わず清香は声を荒げた。自然と口を吐いた言葉だったが、すぐに清香は後悔した。崇臣が普段は見せない至極真剣な眼差しで、清香を見つめていたからだ。色素の薄い瞳が夕闇を纏って妖しく光る。


「すぐに感情が表に出ることも、聡い癖に妙に抜けていることも、妹を溺愛していることも、案外人間関係に不器用なことも、それから――――嘘がとてつもなく下手くそなことも。全部、知っている」


 崇臣の指が、清香の顎を妖しく掬う。清香は首を横に振ると、崇臣からそっと視線を逸らした。


「嘘なんて吐いたことないわ」

「嘘を吐け。大体、そんなに頑なになる必要もあるまい。お前、俺のこと好きだろう?」

「なっ!?」


 至極当然といった風に、崇臣は言い放った。そこに疑いの色は全くなく、瞳は確信に満ちている。


(なんて傲慢な男なの……!)


 そうは思うものの、清香は崇臣の言葉を否定することができない。いつからか分からないぐらいずっと前から、気づかないように、考えないようにしてきたことだ。けれど、崇臣への想いは確かに、清香の心に存在していた。


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