まさか推しの作家が幼馴染だったなんて ~ハイスぺオタク男子の甘い溺愛~

◆第一話 推しの作家は幼馴染

〇翔太の家(一軒家)・玄関・休日(昼)

美羽「翔太〜! お母さんが肉じゃが持って行けって」

そう言って葉加瀬 美羽《はかせ みう》は幼馴染の柴 翔太《しば しょうた》にタッパーを差し出す。
翔太は癖のある前髪をおろしている瓶底眼鏡の地味で根暗な男子だ。

翔太「み、み、美羽ちゃんありがとう。助かるよ…今日も可愛いねェ…」

ニチャァと不気味に笑う姿は明らかに変質者だ。
美羽は慣れているので笑って流す。

美羽「どういたしまして。父子家庭でお父さんが単身赴任中って何かと大変だよね。手伝えることがあったら言ってね」

そう言う美羽に、翔太はどもりつつも焦った様子で言う。

翔太「め、め、迷惑じゃなかったら…上がって行って。お茶くらい出すから…」

そう言われて美羽は腕時計を見ながら迷う。

美羽「う〜ん、どうしよう。まだバイトまで時間あるしなぁ」
翔太「み、美羽ちゃんの好きなお菓子もあるよう。ちょっとだけだから…ね?」

再びニチャァと性犯罪者のような怪しい笑顔を向けられ、美羽は笑みを浮かべる。

美羽「そう? じゃあ久しぶりにお邪魔しようかな」


〇翔太の家・台所・休日(昼)


翔太「…ま、まだ、エロサングラスのおっかけしてるの?」

翔太の言い方に少しむっとした表情をする美羽。

美羽「先生と呼んで! エロサングラス先生と!」
美羽「エロサングラス先生はすごいのよ! あの繊細なペン入れ、キャラの表情…どれをとっても素晴らしいわ!」

うっとりとした表情で、踊りながら美羽は言う。

翔太「…美羽ちゃんは『氷上のオーケストラ』の大ファンだもんね」

『氷上のオーケストラ』とは某有名少年誌で連載されているスケーター達の物語だ。
美形な高校生ばかりが出てくるためか、美羽を含めたオタク腐女子達は夢中になっている。アニメ化も間近と言われていた。

美羽「そう! 天才カイと秀才ユウの、カイユウのBLカップリングが最高なのよ~! ああ、でも私もカイユウの二次創作なら何でも良い訳じゃないわよ!? エロサングラス先生だから良いの!」

美羽はいつものように翔太に推しの同人作家について語る。

美羽「初めて先生のアンソロジー読んだ時は震えたなぁ。絵柄が好みだったのが手を取ったきっかけだったけど、読めば読むほどキャラのことを深く捉えてて引き込まれるし…」
美羽「私は先生だったらジャンル移っても追うと思う! それくらい好きだもの! 好きジャンルのカイユウだから推してるんじゃなくて、エロサングラス先生を推してるの! バイトだって先生の新刊とグッズを買うためだけにやっているんだから…!」

そう力説する美羽に、なぜか照れた様子の翔太。

翔太「そ、そっか…先にお茶菓子を俺の部屋に運んでくれる? あとでコーヒー持っていくから」
美羽「うん」


〇翔太の家の階段・休日(昼)


美羽は少し反省する。エロサングラス先生のことになると、つい熱くなってしまうのだ。

美羽(私って翔太に甘えすぎだよね…)

幼馴染だから推しの同人作家についていつも話してしまっていたが、男でBL好きは少ない。もしかしたら内心では嫌なのに話を聞いてくれているのかもしれない。

美羽「本当に優しいんだから…」

そうぽつりと言って顔を赤らめる美羽。

美羽(翔太は眼鏡を取ったら、びっくりするくらいイケメンなのに…もったいないなぁ)
美羽(ま、私だけ翔太が格好いいことを知ってるのも良い気分だけど)


翔太は分厚い瓶底眼鏡を取って前髪をあげていると超絶イケメンだ。
幼い頃に、あまりに美少年だったので変態の男にさらわれかけたり下着を盗まれたことがあり、彼は自分の容姿を隠すようになった。
いくら美羽が「その地味で暗いオタクルックやめたら?」と言っても「目立ちたくない…」とコミュ症の翔太は青い顔でガタガタ震えてしまう。
それを知っている美羽は翔太をオタクだと馬鹿にする見る目のないクラスメイト達に呆れつつ、彼が幼馴染であることに優越感を覚えていた。


〇翔太の部屋・休日(昼)


美羽(そういえば、翔太の部屋にくるの久しぶりかも。二年ぶりくらいかな?)
美羽(最近はずっとバイトで忙しかったし、翔太も何か忙しくやっているみたいだったしな…)

学校が同じだし、よく登下校も一緒にしていたけれど。
そう思いながら翔太の部屋の扉を開けて、美羽は驚いた表情になる。
パソコン机周りが以前きた時より充実していたのだ。パソコン画面の他にモニターもある。それにお絵描き用の液晶タブレットも。

美羽(翔太、イラストまだやってたんだ。昔から絵が上手かったもんね)
美羽「ん?」

違和感を覚えてみると、液晶タブレットには描き途中らしきイラストがある。
それは美羽の大好きなエロサングラス先生のイラストだった。

美羽「これって…」

呆然としながら液晶に触れる美羽。
その時、部屋の扉の前で翔太がカップを落とした音が響く。彼は血の気の引いた顔をしていた。

翔太「み、み、み、美羽ちゃん…見た?」
美羽「…うん。これ、どういうこと?」
翔太「それは…」

書き途中のイラストが液晶タブレットにあるということは、彼こそが推しのBL同人作家だということだ。

美羽「どうして教えてくれなかったの!?」
翔太「お、男なのにBLを描いてることを知られたくなくて…」

美羽は怒っているような真っ赤な顔で翔太に近付くと、彼の両肩をガシッとつかんで顔を輝かせた。

美羽「そんなの気にしなくて良いよ! すごいじゃん! も~、教えてよ! ずっと本人前にして褒めてたなんて恥ずかしいじゃん!」

そう褒められて照れる翔太。

翔太「じ…じつはカイユウの漫画を描きだしたのは美羽ちゃんが好きなカップリングだったからなんだ」
美羽「そうなの?」

そういえばカイユウにハマった当初から翔太に『氷上のオーケストラ』について語りまくっていた恥ずかしい過去を思い出して赤くなる美羽。

翔太「で、でも良く考えたら男がBL描くなんて美羽に引かれちゃうんじゃないかと思って黙ってた…騙してたみたいでゴメン」
美羽「ううん! 私は翔太が尊敬するエロサングラス先生だって知って嬉しいよ!憧れの存在がこんな近くにいたなんて…」

もし他のジャンルに移っても追いかけようと思うくらい好きなのだ。

美羽「ハッ、エロサングラス先生を触っちゃった! ごめんなさいっ」

真っ赤になって手を引く美羽。
急に幼馴染ではなく推し作家として意識してしまう。

美羽(こうして尊敬する先生が目の前にいるなんて…)

美羽はエロサングラス先生のファンなってからは、Twitterもフォローし、新刊を出すイベントは必ず向かうようにしていた。
しかし覆面作家のエロサングラスを前にすると、美羽は緊張でドモってうまくしゃべれなくなってしまう。サインを貰いたいのに、いつも貰えないでいた。そして「次のイベントこそは絶対に先生のサインをもらうんだから…!」と奮起していたのだ。

美羽「そっ、そうと分かれば…サインください!」
翔太「い、良いけど…」
美羽「あっ、でも今書いてもらうのものない!」

家に戻って色紙を持ってくるか悩む美羽。
翔太は顔を赤らめたままマジックを手にして、なぜか美羽ににじり寄ってくる。

翔太「どこに描く?」
美羽「ちょっ、ちょっと待って……!」

美羽はドキマギしながら手を伸ばすと、その手が翔太の眼鏡にぶつかって落ちる。

美羽「あ!ごめんね!」

青くなる美羽。

翔太「いいよ」

そう言って翔太が髪をかき上げると、綺麗な相貌があらわになる。
そしてドキリとしている美羽の腕を取った。

翔太「…ここにする?」
美羽「でも、眼鏡がないと…」

しかし止める間もなく美羽の腕に翔太はサインをしてしまった。

翔太「サインは書き慣れてるから見えなくても書けるんだ」

くすぐったくて身じろぎする美羽に、翔太はフッと嬉しそうに笑って、腕に顔を近づける。

翔太「まるで俺のものみたいだね」

と、サインした腕に頬ずりして美羽を見るのだった。


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