捨てられた聖女と一途な騎士〜元婚約者に浮気された挙句殺されてタイムリープしたので、今度は専属騎士と幸せになります!でも彼が妾出の王太子だなんて聞いてません〜
二、騒動の続き
それで会話は終わりだと思った。しかし、ルシアがツカツカと歩いてくると、ローズの左手首を乱暴につかんだ。
「じゃあ、さっさとこのブレスレットもよこしなさいよ! それって聖女の持ち物でしょう?」
ローズの手首には真っ赤な宝石がついた金のブレスレットがついている。
しかし、これは公爵家に代々伝わる装飾具で、神殿からの支給品ではない。
「ち、違うわ! これは私の……っ!」
「聖遺物じゃないかって皆に噂されていたもの! もう私のなんだから、よこしなさいっ!」
そう怒鳴ってルシアが乱暴に引っ張る。ローズは抵抗しようとして手首を押し留めて──それは砕けて床に落ちた。
「あっ……」
ローズのつぶやきが虚しく響いた。
(大事なものだったのに……)
ローズはそれを拾うために床にへたり込む。
このブレスレットはローズの神殿入りが決まった際に両親から渡されたものだ。
『うちに代々伝わる大事なものなんだ。もしかしたら聖者アシュの聖遺物かもね』
と、軽い口調で言った父親の言葉を覚えている。
聖者アシュとは、父なる神パルノアの唯一の子で、この国の始祖たる王だ。
ローズは大陸の多くの民が信仰するパルノア教の聖女だった。
神の子である聖者アシュは元々人間だったため、世界各地に遺品や遺骸が残っている。それは聖遺物と呼ばれ、不思議な力が宿っているとされていた。
しかしローズにとってはブレスレットが奇跡を起こすと言われる聖遺物であろうと、そうでなかろうとどうでも良かった。
八歳の時に神殿入りして公爵領にいる両親とは離ればなれ。多忙のために会えるのは年に数回というローズにとって、そのブレスレットは故郷を思い出せる大事なアクセサリーだったのだ。
「あー! あんたが引っ張るから壊れちゃったんじゃない! どうしてくれるのよ!?」
そう憤るルシアのことにも気にかける余裕はなかった。
「ひどい……」
涙がにじんでくる。千切れたチェーンを慌てて拾おうとしたローズの背を、ルシアが蹴りつけようと足を振り上げ──。
ローズはとっさに身構える。
「え……?」
衝撃が抱きしめられた体ごしに伝わる。
ルシアの蹴りがディランにぶつかったのだ。ローズはディランに覆いかぶさるように護られていた。
「私の邪魔をするの!? 本当に忌々しい駄犬ねっ!」
ルシアは怒りで紅潮した顔で、ブーツのヒールでディランを無遠慮に蹴りつける。ゴッゴッと音がして、ディランは顔を苦痛に歪めていた。
「や、やっ、めて……ッ」
ローズはそう叫んだ。
(ディランを傷つけないで……!)
ルシアは動きを止めて、やれやれと深くため息を落とす。
「おとなしくディランが私に従うなら、ローズの死体だけ処分すれば良いと思っていたけれど……これじゃあ穏便には済ませられないわね。ディランも殺して追放したことにしなきゃ」
「そうだな。まあ、別にローズと婚約解消しなくても、さっさと殺してしまえば良かったんだ。そうすれば自動的に婚約は解消されるから、ルシアと結婚できる」
ゴードンはルシアの肩を抱いて、そう言う。
ルシアはくねくねと甘えるように身をよじらせた。
「だってぇ、私がゴードン様との子供ができたって知ったら、この女がどんな顔をするか見物だったんだもの。ゴードン様だって、楽しんでいたでしょう? いけ好かない女の鼻が折れるところを見るの」
「まあな」
二人はくすくすと嘲笑している。
(なにを……何を言っているの?)
ローズには理解できなかった。それではまるで、ルシアとゴードンがローズ達を殺そうとしているように聞こえる。
そう思った途端、ひどい眩暈をおぼえた。胃が焼けるような激しい痛みで床をのたうち回った。
咳き込むと手のひらに血が広がる。
「な、に……?」
何が起こっているのか分からない。
(──血を吐いた? なぜ……?)
「ローズ様!」
ディランがローズの顔を間近で凝視している。ひどく取り乱した表情で。
ルシアが甲高い笑い声を上げた。おかしくてたまらないという風に。
「さっき、この部屋に来た時にお祝いって言ってワインを入れてあげたでしょう? 遅効性の毒が入っていたのよ。疑いもせずに飲んでくれて助かったわ」
ローズの視線が机の上のワインとグラスに向かう。
それはローズの誕生日祝いと言ってルシアが持ってきたものだ。それを飲みながらゴードンが来るのを待っていたが、まさか毒を入れられていたなんて思わなかった。
「ど、うして……?」
しゃべるほど口からポタポタと血があふれていく。回復魔法をかけようとしたが、腕を持ち上げる力が湧いてこない。唇が痙攣していた。
(ここまでルシアに恨まれることした……?)
まったく覚えがない。むしろ、ローズはルシアを聖女に抜擢した功労者であるはずなのに……。
「ローズ様、もうしゃべらないでください……ッ!」
涙で潤んだ瞳で、ディランがローズを抱きかかえて、そう声をかけてきた。
ルシアの表情がゆがむ。
「どうしてですって? そんなことも分からないの? あなたが気に食わないからよ。そうね……あえて他に理由を述べるなら、あなたがいなくなっても歴代最長の聖女であった記録は残ってしまうでしょう? 私の前任者がそんなだったら、いくら私が美しくてあなたより強い力を持っていても見劣りしてしまうじゃない。だから、あなたは悪い印象を皆に振りまいて無様に消えてほしかったの」
(悪い印象……?)
「適当に汚名を着せて消えてもらうつもりだったけれど……そうね、あなたは護衛騎士と道ならぬ恋に落ちてゴードン様を裏切っていた。そして私がゴードン様を密かに慰めていた、という筋書きなんてどうかしら?」
どこまでも自分勝手な言い分に、ローズはあっけに取られた。
「ねえ、ディラン。ローズを捨てて私に跪きなさい。そうしたら、あなたの命だけは助けてあげるわよ」
そうルシアは傲慢に言った。
「ご冗談を」
ディランがそう吐き捨てると、ルシアは嘆息した。
「そう……本当に残念だわ」
ゴードンが持っていた剣を抜く気配がして、ディランはそっとローズを片手で抱き上げる。
腕力がある男でも成人女性を片手で支えるのはきついはずだが、ディランはそのそぶりを見せない。神殿騎士で最も実力があると認められている彼だからなせるわざだろう。
「……すみません。少し苦しいかもしれませんが、我慢してください」
「ディ……ラ……」
ディランは片手で剣を持ち、ゴードンを睨み据える。
「邪魔だ! どけッ!!」
ディランは怒りからゴードンやルシアを仕留めることよりも、専属騎士として主であるローズを無事に救出しようとしたのだろう。治癒のできる神殿女官にローズの解毒治療をしてもらえば助かるかもしれないと思ったのかもしれない。
出口に向かって駆けだしたディランの前に、ゴードンが立ちふさがる。
「おっと。そう簡単に逃がすと思うなよ」
剣を持っているゴードンの後ろに、すかさずルシアが移動する。
ディランは殺気だった声で言い放った。
「そこをどかないと、お前を殺す……! 一刻も早くローズの治療をしなければ……ッ」
かなり焦っているようだ。
対するゴードンは余裕の笑みをニタニタと浮かべている。
「俺を倒してから行けよ、神殿騎士ディラン」
ゴードンがディランに切りかかる。
「クッ……!」
ガキンと金属がぶつかりあう音が響いた。
ディランは何とかゴードンの攻撃をふせいでいたが、片手にローズを抱いている状態はかなり不利だった。
(彼の重荷にはなれない……)
ローズはそう思い、力の入らない手でディランの胸元をつかんだ。
「ディラ……わ、たしを、……おいて、いって……」
「──できません。そんなこと」
ゴードンから距離を取りながら、ディランは苦々しい表情でそう言う。
「そんなことをしたらローズ様が狙われます。あいつらはあなたに毒を盛った。俺が手放したら容赦なくとどめを刺しにくるでしょう」
けれど、ローズは自分がもう長くはないことに気付いていた。視界も不明瞭になりつつあるのだ。だから──。
「せめて、あなた、だけ、でも……逃げて」
そう、どうにか口にしたローズを抱く手に力を込められる。
「もしローズ様が助からない時は……、必ず後を追いますから」
その寂しい言葉に、ディランの決意を感じてローズは固まってしまった。
(そんなのダメ……!)
「まっ、て……ゴホッゴホッ!」
ゴードンがディランに切りかかってくる。だが、ディランは殺気をみなぎらせながら応戦する。
剣の腕はディランが圧倒的に勝っていたが、彼はローズというお荷物を手にしていた。しかも、ゴードンの背後には聖女のルシアがいるのだ。ディランの攻撃が当たっても、すぐに治癒魔法で回復されてしまう。
対するディランは、どんどん疲弊していた。ローズをかばいながら戦っているせいで、ディランは本来の力をほとんど出せていない。
ローズの目がかすみ、ヒュウヒュウと喉から苦しい呼気が漏れる。もう指を動かすこともできなかった。
「よくも、ローズ様を……っ! ゴードン、ルシア! お前達は地獄へ行くのも生ぬるい! 楽に殺してやらないからな!」
ディランがそこまで怒っている姿を見るのは初めてだった。自分のために怒ってくれるのは嬉しかったが、命までかけてほしくはない。
──このままでは誰かが死ぬ。
そして真っ先に死ぬのはローズだろう。
(誰か、助けて……)
「終わりだ……ッ!」
ゴードンが振り上げた剣がディランに襲いかかりそうになり──。
不明瞭なローズの視界の中で、一瞬、炎が燃え上がるようなオレンジ色の光が見えた気がした。
(やめて……ッ!!)
ローズは強く祈った。
──どうか誰か時を戻してほしいと。
(どうか、何もかもが手遅れになる前に……)
その瞬間、ローズの手の中にあったブレスレットの宝石が光り、辺りをまばゆく照らした。
「じゃあ、さっさとこのブレスレットもよこしなさいよ! それって聖女の持ち物でしょう?」
ローズの手首には真っ赤な宝石がついた金のブレスレットがついている。
しかし、これは公爵家に代々伝わる装飾具で、神殿からの支給品ではない。
「ち、違うわ! これは私の……っ!」
「聖遺物じゃないかって皆に噂されていたもの! もう私のなんだから、よこしなさいっ!」
そう怒鳴ってルシアが乱暴に引っ張る。ローズは抵抗しようとして手首を押し留めて──それは砕けて床に落ちた。
「あっ……」
ローズのつぶやきが虚しく響いた。
(大事なものだったのに……)
ローズはそれを拾うために床にへたり込む。
このブレスレットはローズの神殿入りが決まった際に両親から渡されたものだ。
『うちに代々伝わる大事なものなんだ。もしかしたら聖者アシュの聖遺物かもね』
と、軽い口調で言った父親の言葉を覚えている。
聖者アシュとは、父なる神パルノアの唯一の子で、この国の始祖たる王だ。
ローズは大陸の多くの民が信仰するパルノア教の聖女だった。
神の子である聖者アシュは元々人間だったため、世界各地に遺品や遺骸が残っている。それは聖遺物と呼ばれ、不思議な力が宿っているとされていた。
しかしローズにとってはブレスレットが奇跡を起こすと言われる聖遺物であろうと、そうでなかろうとどうでも良かった。
八歳の時に神殿入りして公爵領にいる両親とは離ればなれ。多忙のために会えるのは年に数回というローズにとって、そのブレスレットは故郷を思い出せる大事なアクセサリーだったのだ。
「あー! あんたが引っ張るから壊れちゃったんじゃない! どうしてくれるのよ!?」
そう憤るルシアのことにも気にかける余裕はなかった。
「ひどい……」
涙がにじんでくる。千切れたチェーンを慌てて拾おうとしたローズの背を、ルシアが蹴りつけようと足を振り上げ──。
ローズはとっさに身構える。
「え……?」
衝撃が抱きしめられた体ごしに伝わる。
ルシアの蹴りがディランにぶつかったのだ。ローズはディランに覆いかぶさるように護られていた。
「私の邪魔をするの!? 本当に忌々しい駄犬ねっ!」
ルシアは怒りで紅潮した顔で、ブーツのヒールでディランを無遠慮に蹴りつける。ゴッゴッと音がして、ディランは顔を苦痛に歪めていた。
「や、やっ、めて……ッ」
ローズはそう叫んだ。
(ディランを傷つけないで……!)
ルシアは動きを止めて、やれやれと深くため息を落とす。
「おとなしくディランが私に従うなら、ローズの死体だけ処分すれば良いと思っていたけれど……これじゃあ穏便には済ませられないわね。ディランも殺して追放したことにしなきゃ」
「そうだな。まあ、別にローズと婚約解消しなくても、さっさと殺してしまえば良かったんだ。そうすれば自動的に婚約は解消されるから、ルシアと結婚できる」
ゴードンはルシアの肩を抱いて、そう言う。
ルシアはくねくねと甘えるように身をよじらせた。
「だってぇ、私がゴードン様との子供ができたって知ったら、この女がどんな顔をするか見物だったんだもの。ゴードン様だって、楽しんでいたでしょう? いけ好かない女の鼻が折れるところを見るの」
「まあな」
二人はくすくすと嘲笑している。
(なにを……何を言っているの?)
ローズには理解できなかった。それではまるで、ルシアとゴードンがローズ達を殺そうとしているように聞こえる。
そう思った途端、ひどい眩暈をおぼえた。胃が焼けるような激しい痛みで床をのたうち回った。
咳き込むと手のひらに血が広がる。
「な、に……?」
何が起こっているのか分からない。
(──血を吐いた? なぜ……?)
「ローズ様!」
ディランがローズの顔を間近で凝視している。ひどく取り乱した表情で。
ルシアが甲高い笑い声を上げた。おかしくてたまらないという風に。
「さっき、この部屋に来た時にお祝いって言ってワインを入れてあげたでしょう? 遅効性の毒が入っていたのよ。疑いもせずに飲んでくれて助かったわ」
ローズの視線が机の上のワインとグラスに向かう。
それはローズの誕生日祝いと言ってルシアが持ってきたものだ。それを飲みながらゴードンが来るのを待っていたが、まさか毒を入れられていたなんて思わなかった。
「ど、うして……?」
しゃべるほど口からポタポタと血があふれていく。回復魔法をかけようとしたが、腕を持ち上げる力が湧いてこない。唇が痙攣していた。
(ここまでルシアに恨まれることした……?)
まったく覚えがない。むしろ、ローズはルシアを聖女に抜擢した功労者であるはずなのに……。
「ローズ様、もうしゃべらないでください……ッ!」
涙で潤んだ瞳で、ディランがローズを抱きかかえて、そう声をかけてきた。
ルシアの表情がゆがむ。
「どうしてですって? そんなことも分からないの? あなたが気に食わないからよ。そうね……あえて他に理由を述べるなら、あなたがいなくなっても歴代最長の聖女であった記録は残ってしまうでしょう? 私の前任者がそんなだったら、いくら私が美しくてあなたより強い力を持っていても見劣りしてしまうじゃない。だから、あなたは悪い印象を皆に振りまいて無様に消えてほしかったの」
(悪い印象……?)
「適当に汚名を着せて消えてもらうつもりだったけれど……そうね、あなたは護衛騎士と道ならぬ恋に落ちてゴードン様を裏切っていた。そして私がゴードン様を密かに慰めていた、という筋書きなんてどうかしら?」
どこまでも自分勝手な言い分に、ローズはあっけに取られた。
「ねえ、ディラン。ローズを捨てて私に跪きなさい。そうしたら、あなたの命だけは助けてあげるわよ」
そうルシアは傲慢に言った。
「ご冗談を」
ディランがそう吐き捨てると、ルシアは嘆息した。
「そう……本当に残念だわ」
ゴードンが持っていた剣を抜く気配がして、ディランはそっとローズを片手で抱き上げる。
腕力がある男でも成人女性を片手で支えるのはきついはずだが、ディランはそのそぶりを見せない。神殿騎士で最も実力があると認められている彼だからなせるわざだろう。
「……すみません。少し苦しいかもしれませんが、我慢してください」
「ディ……ラ……」
ディランは片手で剣を持ち、ゴードンを睨み据える。
「邪魔だ! どけッ!!」
ディランは怒りからゴードンやルシアを仕留めることよりも、専属騎士として主であるローズを無事に救出しようとしたのだろう。治癒のできる神殿女官にローズの解毒治療をしてもらえば助かるかもしれないと思ったのかもしれない。
出口に向かって駆けだしたディランの前に、ゴードンが立ちふさがる。
「おっと。そう簡単に逃がすと思うなよ」
剣を持っているゴードンの後ろに、すかさずルシアが移動する。
ディランは殺気だった声で言い放った。
「そこをどかないと、お前を殺す……! 一刻も早くローズの治療をしなければ……ッ」
かなり焦っているようだ。
対するゴードンは余裕の笑みをニタニタと浮かべている。
「俺を倒してから行けよ、神殿騎士ディラン」
ゴードンがディランに切りかかる。
「クッ……!」
ガキンと金属がぶつかりあう音が響いた。
ディランは何とかゴードンの攻撃をふせいでいたが、片手にローズを抱いている状態はかなり不利だった。
(彼の重荷にはなれない……)
ローズはそう思い、力の入らない手でディランの胸元をつかんだ。
「ディラ……わ、たしを、……おいて、いって……」
「──できません。そんなこと」
ゴードンから距離を取りながら、ディランは苦々しい表情でそう言う。
「そんなことをしたらローズ様が狙われます。あいつらはあなたに毒を盛った。俺が手放したら容赦なくとどめを刺しにくるでしょう」
けれど、ローズは自分がもう長くはないことに気付いていた。視界も不明瞭になりつつあるのだ。だから──。
「せめて、あなた、だけ、でも……逃げて」
そう、どうにか口にしたローズを抱く手に力を込められる。
「もしローズ様が助からない時は……、必ず後を追いますから」
その寂しい言葉に、ディランの決意を感じてローズは固まってしまった。
(そんなのダメ……!)
「まっ、て……ゴホッゴホッ!」
ゴードンがディランに切りかかってくる。だが、ディランは殺気をみなぎらせながら応戦する。
剣の腕はディランが圧倒的に勝っていたが、彼はローズというお荷物を手にしていた。しかも、ゴードンの背後には聖女のルシアがいるのだ。ディランの攻撃が当たっても、すぐに治癒魔法で回復されてしまう。
対するディランは、どんどん疲弊していた。ローズをかばいながら戦っているせいで、ディランは本来の力をほとんど出せていない。
ローズの目がかすみ、ヒュウヒュウと喉から苦しい呼気が漏れる。もう指を動かすこともできなかった。
「よくも、ローズ様を……っ! ゴードン、ルシア! お前達は地獄へ行くのも生ぬるい! 楽に殺してやらないからな!」
ディランがそこまで怒っている姿を見るのは初めてだった。自分のために怒ってくれるのは嬉しかったが、命までかけてほしくはない。
──このままでは誰かが死ぬ。
そして真っ先に死ぬのはローズだろう。
(誰か、助けて……)
「終わりだ……ッ!」
ゴードンが振り上げた剣がディランに襲いかかりそうになり──。
不明瞭なローズの視界の中で、一瞬、炎が燃え上がるようなオレンジ色の光が見えた気がした。
(やめて……ッ!!)
ローズは強く祈った。
──どうか誰か時を戻してほしいと。
(どうか、何もかもが手遅れになる前に……)
その瞬間、ローズの手の中にあったブレスレットの宝石が光り、辺りをまばゆく照らした。