捨てられた聖女と一途な騎士〜元婚約者に浮気された挙句殺されてタイムリープしたので、今度は専属騎士と幸せになります!でも彼が妾出の王太子だなんて聞いてません〜
二十五、聖遺物の秘密
ようやく兵士達が部屋から出て行ったので、ゴードンは苛立ち混じりに拳をベッド横の壁に打ち付けた。
「俺のことを疑いやがって……ゴホッゴッ……ハァハア……!」
ゴードンはルシアにブレスレットを盗むようにけしかけたのだから冤罪ではないのだが、彼は苛立ちを募らせる。
(これも全てルシアの奴が失敗したからだ。あの馬鹿女め……ッ)
ルシアが伯爵家に滞在していたことは多くの人が知っているが、ブレスレットの話は内輪でのことだ。証拠はないからゴードンを容疑者にはできないはずだが、どうやら王太子ディランの命令で綿密な調査を命じられているらしく、兵士達は毎日しつこく話を聞きにくるのだ。
「いつになったら俺の病気は良くなるんだ……ああ、喉が渇いた。使用人を呼んで来い! ゴホッゴホッ」
「まあまあ、坊ちゃん落ち着いて。そんなに怒っては体に障りますよ」
そうマイペースに言いながら水差しからグラスに水をそそいで差し出したのは、モグリの治療師だった。丸眼鏡に東洋人風の衣装を着た胡散臭い見た目の男だ。
水を奪い取って、ゴードンは一気に飲み干すと苛立ち混じりに言う。
「使用人はどこに行ったんだ!? 最近は俺の部屋にも寄り付かない。俺の世話をするのはママだけじゃないか。いったいどうなっているんだ!? 呼び鈴を鳴らしても来ないし、皆俺のことを無視しているのか!?」
体調が悪くて目が覚めても、いつも部屋には誰もいない。そんなこと幼い頃から傅かれる立場だったゴードンには経験のないことだった。
「仕方ないですよぅ……坊ちゃんの治療費を神殿に払うために、伯爵家もいっぱいいっぱいなんですから。使用人への給金の支払いが滞っているらしくて、最近はメイド達も逃げてしまったみたいです。まあ、僕は先払いで治療費をいただいているからいますけどね」
飄々とした口調でモグリの治療師は言った。
「逃げただと……? ちょっと支払いが滞ったくらいで……せっかく伯爵家に仕える栄誉を授かっておきながら、なんて恩知らずな奴らなんだ」
ゴードンはそう吐き捨てた。
(まさか神殿への寄付金をこんなに負担させられるとは思わなかった……)
正直、ローズに騙されたような気持ちだ。
今まで無料で治療させていたから、お金を払うことが不愉快で仕方がない。理不尽な目に合わされているようだった。
(支払いを渋れば、週に一度来ている神殿女官も来なくなってしまうし……)
一度寄付金を拒否した次の週には神殿女官が来なくなってしまった。両親が頭を下げてまた毎週こさせることができるようになったが……。
神殿女官に治癒させたら症状は一時落ち着くものの、またすぐにぶりかえしてしまう。かといって、止めたらますます苦しくなるばかりだ。ローズがいた頃のような健康体には程遠い。
「お前はうちに雇われているんだから、さっさと治療しろよ!」
「はいはい。もちろんです」
ゴードンが怒鳴ると、治療師はやれやれと言うふうに治癒を始める。その手のひらから伝わるあたたかな光で、わずかに息苦しさが和らいだ。このまま続けて欲しいと思ったが、間もなく光は失われてしまう。
「もう終わりか?」
「これが僕の限界ですよ」
ゴードンは「無能が」と舌打ちする。
神殿女官は寄付金の関係で週に一度しか邸にこられないから、ゴードンの両親はモグリの治療師を雇ったのだ。
正規の治療師ではない。彼ら、モグリの治療師はたいてい神殿から追放されたなどの訳アリだ。けれど神殿女官に頼むよりは安価でできる。
(こんな奴でも、いないよりはマシだ……)
両親は一人息子を助けたくて、藁にも縋る思いで祈祷師、トンデモ療法をする医者にも助力を乞うた。
しかし、まったく効果がない祈祷や瀉血《しゃけつ》をさせられるわ、病気が治るという高額の絵画を買わされるわで、無駄な出費が増えるだけだった。
ゴードンは咳き込みながら身を丸くする。毎日ベッドから起き上がれない生活に忌々しい気持ちを抑えきれない。
「おい、何か面白い話をしろ」
そうゴードンが治療師に命令すると、彼は話のネタがとうに尽きているのか「そうですねぇ……」と困ったように頭を掻いた。
「そうだ! では僕が王宮にいた頃のお話をしましょう」
「お前、王宮にいたのか?」
「ええ。これでも神殿から王宮に派遣されていた優秀な治療師だったんですよ」
あまりの嘘臭さにゴードンは鼻で笑ってしまう。
(俺を治せないくせに優秀だとは笑わせる……)
治療師は構わず話しはじめた。
「じつは僕、とある王族の方と懇意にしていまして。その時に王宮の禁書庫に入れてもらったことがあるんですよ」
「王宮の禁書庫……?」
ゴードンもその書庫の噂は聞いたことがある。焚書なども収められていると。
「はい! そこで僕は、とある黒本をこっそり持ち帰ったんです」
「泥棒か?」
「人聞きが悪いなぁ。ちょっと借りただけですよ。後でちゃんと返すつもりでした! ……まあ、数年後に派手にインクをこぼしちゃったので捨てちゃったんですけどね」
あはは、と軽く笑うモグリの治療師に、ゴードンは何とも言えない気分になる。
「それで? 続きはないのか?」
「もちろんありますよ! その黒本に何が書いてあったと思います? 聖遺物の秘密が書かれていたんですよ」
治療師は声をひそめて言った。
(聖遺物の秘密だと……?)
「聖遺物には素晴らしい力がある、というのはご存じでしょう? でも、その聖遺物の力は生贄を捧げた時に真の力が発揮されるようなのです」
「生贄……?」
眉を寄せたゴードンに、治療師は大仰に肩をすくめる。
「まあ、生贄というと大げさですけれど……要は血のことみたいです」
「血……?」
ふと、ゴードンの脳裏にローズのブレスレットが思い浮かんだ。
あの時、ローズは口から血を流していたはずだ。
(もしローズの血が聖遺物のブレスレットについて……俺達が過去に戻ったんだとしたら……?)
ゴードンの胸の奥がざわつく。
その様子に気付いていない治療師はあっけらかんと言った。
「あの時は時間がなくて、一冊しか持ち帰れなかったんですよね。その後すぐに僕は王宮から出ていかなきゃいけなかったので……もう少し時間があれば、まだ見つかっていない聖遺物のありかも分かったかもしれませんが……とても残念ですが仕方ない。あっ、そろそろ帰る時間なので僕は失礼しますね」
そう言って治療師は去って行った。
「俺のことを疑いやがって……ゴホッゴッ……ハァハア……!」
ゴードンはルシアにブレスレットを盗むようにけしかけたのだから冤罪ではないのだが、彼は苛立ちを募らせる。
(これも全てルシアの奴が失敗したからだ。あの馬鹿女め……ッ)
ルシアが伯爵家に滞在していたことは多くの人が知っているが、ブレスレットの話は内輪でのことだ。証拠はないからゴードンを容疑者にはできないはずだが、どうやら王太子ディランの命令で綿密な調査を命じられているらしく、兵士達は毎日しつこく話を聞きにくるのだ。
「いつになったら俺の病気は良くなるんだ……ああ、喉が渇いた。使用人を呼んで来い! ゴホッゴホッ」
「まあまあ、坊ちゃん落ち着いて。そんなに怒っては体に障りますよ」
そうマイペースに言いながら水差しからグラスに水をそそいで差し出したのは、モグリの治療師だった。丸眼鏡に東洋人風の衣装を着た胡散臭い見た目の男だ。
水を奪い取って、ゴードンは一気に飲み干すと苛立ち混じりに言う。
「使用人はどこに行ったんだ!? 最近は俺の部屋にも寄り付かない。俺の世話をするのはママだけじゃないか。いったいどうなっているんだ!? 呼び鈴を鳴らしても来ないし、皆俺のことを無視しているのか!?」
体調が悪くて目が覚めても、いつも部屋には誰もいない。そんなこと幼い頃から傅かれる立場だったゴードンには経験のないことだった。
「仕方ないですよぅ……坊ちゃんの治療費を神殿に払うために、伯爵家もいっぱいいっぱいなんですから。使用人への給金の支払いが滞っているらしくて、最近はメイド達も逃げてしまったみたいです。まあ、僕は先払いで治療費をいただいているからいますけどね」
飄々とした口調でモグリの治療師は言った。
「逃げただと……? ちょっと支払いが滞ったくらいで……せっかく伯爵家に仕える栄誉を授かっておきながら、なんて恩知らずな奴らなんだ」
ゴードンはそう吐き捨てた。
(まさか神殿への寄付金をこんなに負担させられるとは思わなかった……)
正直、ローズに騙されたような気持ちだ。
今まで無料で治療させていたから、お金を払うことが不愉快で仕方がない。理不尽な目に合わされているようだった。
(支払いを渋れば、週に一度来ている神殿女官も来なくなってしまうし……)
一度寄付金を拒否した次の週には神殿女官が来なくなってしまった。両親が頭を下げてまた毎週こさせることができるようになったが……。
神殿女官に治癒させたら症状は一時落ち着くものの、またすぐにぶりかえしてしまう。かといって、止めたらますます苦しくなるばかりだ。ローズがいた頃のような健康体には程遠い。
「お前はうちに雇われているんだから、さっさと治療しろよ!」
「はいはい。もちろんです」
ゴードンが怒鳴ると、治療師はやれやれと言うふうに治癒を始める。その手のひらから伝わるあたたかな光で、わずかに息苦しさが和らいだ。このまま続けて欲しいと思ったが、間もなく光は失われてしまう。
「もう終わりか?」
「これが僕の限界ですよ」
ゴードンは「無能が」と舌打ちする。
神殿女官は寄付金の関係で週に一度しか邸にこられないから、ゴードンの両親はモグリの治療師を雇ったのだ。
正規の治療師ではない。彼ら、モグリの治療師はたいてい神殿から追放されたなどの訳アリだ。けれど神殿女官に頼むよりは安価でできる。
(こんな奴でも、いないよりはマシだ……)
両親は一人息子を助けたくて、藁にも縋る思いで祈祷師、トンデモ療法をする医者にも助力を乞うた。
しかし、まったく効果がない祈祷や瀉血《しゃけつ》をさせられるわ、病気が治るという高額の絵画を買わされるわで、無駄な出費が増えるだけだった。
ゴードンは咳き込みながら身を丸くする。毎日ベッドから起き上がれない生活に忌々しい気持ちを抑えきれない。
「おい、何か面白い話をしろ」
そうゴードンが治療師に命令すると、彼は話のネタがとうに尽きているのか「そうですねぇ……」と困ったように頭を掻いた。
「そうだ! では僕が王宮にいた頃のお話をしましょう」
「お前、王宮にいたのか?」
「ええ。これでも神殿から王宮に派遣されていた優秀な治療師だったんですよ」
あまりの嘘臭さにゴードンは鼻で笑ってしまう。
(俺を治せないくせに優秀だとは笑わせる……)
治療師は構わず話しはじめた。
「じつは僕、とある王族の方と懇意にしていまして。その時に王宮の禁書庫に入れてもらったことがあるんですよ」
「王宮の禁書庫……?」
ゴードンもその書庫の噂は聞いたことがある。焚書なども収められていると。
「はい! そこで僕は、とある黒本をこっそり持ち帰ったんです」
「泥棒か?」
「人聞きが悪いなぁ。ちょっと借りただけですよ。後でちゃんと返すつもりでした! ……まあ、数年後に派手にインクをこぼしちゃったので捨てちゃったんですけどね」
あはは、と軽く笑うモグリの治療師に、ゴードンは何とも言えない気分になる。
「それで? 続きはないのか?」
「もちろんありますよ! その黒本に何が書いてあったと思います? 聖遺物の秘密が書かれていたんですよ」
治療師は声をひそめて言った。
(聖遺物の秘密だと……?)
「聖遺物には素晴らしい力がある、というのはご存じでしょう? でも、その聖遺物の力は生贄を捧げた時に真の力が発揮されるようなのです」
「生贄……?」
眉を寄せたゴードンに、治療師は大仰に肩をすくめる。
「まあ、生贄というと大げさですけれど……要は血のことみたいです」
「血……?」
ふと、ゴードンの脳裏にローズのブレスレットが思い浮かんだ。
あの時、ローズは口から血を流していたはずだ。
(もしローズの血が聖遺物のブレスレットについて……俺達が過去に戻ったんだとしたら……?)
ゴードンの胸の奥がざわつく。
その様子に気付いていない治療師はあっけらかんと言った。
「あの時は時間がなくて、一冊しか持ち帰れなかったんですよね。その後すぐに僕は王宮から出ていかなきゃいけなかったので……もう少し時間があれば、まだ見つかっていない聖遺物のありかも分かったかもしれませんが……とても残念ですが仕方ない。あっ、そろそろ帰る時間なので僕は失礼しますね」
そう言って治療師は去って行った。