捨てられた聖女と一途な騎士〜元婚約者に浮気された挙句殺されてタイムリープしたので、今度は専属騎士と幸せになります!でも彼が妾出の王太子だなんて聞いてません〜【Webtoonコミカライズ化】
二十九、聖女の協力者達
嵐の前触れのように静かな朝だった。
城郭の見張りからの知らせの旗が上がる。南の【転移門】の方角から、王都に向かって軍隊が行進してきていた。数は二千人程度だろうか?
「予想よりも多いわね」
ローズはつぶやくように言った。
すでにディランが率いる王太子軍は城壁の前に整列して反乱軍を待ち構えていた。こちらの兵は四千だ。数では圧倒している。だが、ディランの表情はくもっていた。
「相手は今回の戦争のために急遽集められた烏合の衆です。元は農民や傭兵達がほとんどですから、普通なら離脱者が出てもおかしくはありませんが、それは期待できないでしょう。どうやら皆ゴードンに操られているようです」
ローズは表情を引き締めて、うなずく。
ゴードンは何らかの方法で人々を操っているらしい。
「……やはり聖遺物の指輪が関係しているのかしら? コルケット伯爵の遺体と邸を調べさせたけれど、聖者アシュの指輪が見つかっていないの。もし、それをゴードンが身に着けているなら……」
ローズが一晩かけて考えた推論だ。
エイドリアン・コルケットに聖者アシュの指輪が奪われたことが絵画からも分かっている。これまではコルケットの子孫が指輪を受け継いできたらしいが、指輪が見当たらないならゴードンが持っていると考えるのが自然だ。そして、聖者アシュの遺品ならば不思議な力も秘めていてもおかしくはない。
「ああ、そうですね。それは俺も考えました。……ですが、何だか今回はそれだけではないような気がしているんです」
ディランはそう言って、地平線に広がる反乱軍の隊列を眺めている。
「それだけではない? どうして、そう思うの?」
「分かりませんが……そんな感覚がぬぐえなくて」
「大丈夫。ゴードンが指輪で皆を操っているなら、聖者アシュの末裔であるディランの力は効果があるはずよ。きっと私の聖力も役に立つ」
そう励ますようにローズが言うと、ディランは微笑んだ。
「ありがとうございます。後方支援を頼みます。──全軍、進め!!」
ディランが剣を振り上げると、王国軍が一斉に「おおッ!」と声を張り上げた。盾部隊の後ろから投擲機《とうてきき》が石を投げる。
だが、石にぶつかった兵士達はすぐに立ち上がる。中には自分が怪我をしていることにも気付いていない様子の者もいた。皆泥酔しているかのように足元がおぼつかない。
「操り人形か……初めて見た」
兵士の誰かが、畏怖するようにそうつぶやいた。
それは王族が使える五属性の魔法の外にある、禁じられた闇魔法だ。人の手に余る禁忌の領域のもの。神に反する属性魔法。
ローズは畏怖をおぼえて、ごくりと唾を飲み込んだ。
(あれは相手を死ぬまで動かし続ける闇魔法よ……ゴードンは、なんてことを……)
「弓部隊! 打て!」
ディランの掛け声に合わせて、数十の兵士達の矢が敵兵を貫こうと弦を引いたが──。
「待って!」
ローズは慌てて制止の声を上げた。
「ローズ?」
困惑しているディランに、ローズは冷や汗をかきながら言う。
「彼らはゴードンに操られているだけよ。本来は無害な人達だわ」
「しかし……そうだとしても、こちらに武器を持って向かってきている以上、彼らを殺さなければなりません」
苦渋のこもった表情でディランは言った。
(確かに、その通りだけど……)
通常の戦で集められる兵士だって、領主の命令に逆らえず仕方なく参加する農民もいっぱいいる。それと何が違うのだ、と言われたらそうなのかもしれない。
けれど自ら望んで操り人形になったわけではないのに、ゴードンに操られて無残に死んでしまう敵兵達を見て見ぬ振りすることはできなかった。
「……闇魔法で操っているなら、聖者アシュに由来する聖なる浄化の力には弱いはず。浄化の力を浴びせたら洗脳が解けるわ」
実践で行うのは初めてだが、ローズは闇魔法が聖なる力に弱いことは文献から知っていた。
ディランは思案するように言う。
「敵に浄化魔法をかけるということですか……なるほど。試してみる価値はありますね」
ローズはコクリとうなずき、意識を集中させて手をまっすぐに伸ばした。目標は一番手前の敵兵だ。といっても距離はあるが、このくらいなら何とかなるだろう。
「──浄化!」
ローズの手から放たれた光が敵兵の頭部にぶつかると、兵士はその場で崩れ落ちた。だが、間もなく起き上がって不思議そうな表情で周囲を見回している。先ほどまでの顔つきとまったく違う。意識を取り戻したようだ。
「やった! 元に戻せるわ!」
(これなら皆を助けられる……!)
ローズが喜色を見せると、ディランがうなずく。
「すみませんが敵兵の浄化を頼めますか?」
「ええ! 私一人では敵兵全員をカバーしきれないから、聖女候補や神殿女官達に手を貸してもらうわ。彼女達を敵から傷つけさせないように兵士達にサポートを頼めるかしら?」
「勿論です」
ローズはディランとうなずきあい、聖女候補と神殿女官達に向かって言った。
「皆、浄化の力を敵兵にかけたら、彼らの洗脳が解けるわ!」
しかし、聖女候補達は元から青かった顔からさらに血の気が引いていた。遠くから近付いてくる敵兵達を前にして明らかに皆逃げ腰だった。
「え、それって私達に前線に行けっていうことですか!?」
「そっ、そんなことできませんッ!」
「どんどん近付いてくる! 怖いわ! もうここにはいられない……!」
皆の大混乱ぶりに、ローズは困惑した。
「だっ大丈夫よ! 王太子軍の皆さんが手を貸してくれるわ! 絶対に皆を傷つけさせないようにしてもらうから。私が皆に加護の力も授けるから怪我はしないわ!」
兵士全員に加護の力を授ける聖力の余裕はないが、神殿女官達に与えるくらいはできる。
ローズの言葉に、悲鳴のような聖女候補の声が上がった。
「それでも、敵兵のそばに行かなきゃいけないじゃないですか! 私達は遠くから広範囲の浄化ができるローズ様とは違うんですよっ!!」
その言葉に、ローズは押し黙った。
(確かに、彼女達が言う通りだわ……)
ローズと違って神殿女官達は遠距離から浄化をすることはできない。いくら周囲の兵士が危険から護ってくれたとしても、かなり相手に近付かなければならないので心理的抵抗が大きいのだろう。
皆、治癒しかしたことがない女性達だ。戦場での後方支援だから受け入れたものの、まさか自分が兵士達と同じように前線に出る覚悟はしていなかったのだろう。たとえローズが加護をかけても、味方の兵士が護ってくれたとしても怖いものは怖いのだ。
彼女達にとってローズの言葉は、安全圏からの理不尽な命令にしか聞こえないだろう。
──けれど、ローズ以外に広範囲の浄化を行える者は他にいない。
(私が広範囲の浄化を行っても、どうしてもそこから漏れてしまう兵士はいるわ。その兵士達がこちらに向かってくるかもしれない。彼らの浄化を神殿女官達に任せられたら、全員救えたかもしれないけれど……)
けれど、この様子では期待はできないだろう。
幾人かの敵兵は見殺しにしなければいけなくなるかもしれない。
(……仕方ない。私だけで二千人も浄化できるかは分からないけれど、やるしかないわ)
このままではゴードンや敵兵達に王都を荒らされてしまう。街にいる多くの民が危険に晒される。
(広範囲の浄化をできるほどの聖力を使い切ってしまったら、前線に出て敵兵を一人一人浄化していきましょう)
「では、私が一人でやるわ」
そうローズが覚悟を決めた。
「浄化!」
ローズが手のひらをむけると、前線にいる敵兵の一団が光に包まれた。光を浴びた兵士達は目を剥き、「ハッ、俺はなぜここに……?」という表情で意識を取り戻していく。
前線では正気を取り戻した兵士と洗脳されている敵兵で大混乱が起きていた。
「ディラン! 皆さんの保護をお願い!」
ローズがそう言うと、ディランはうなずいた。
ディランは「はい」と言って深呼吸してから、敵兵達に向かって叫んだ。
「私は王国軍総司令官ディラン・マクノーラ・イブリースだ! 君達はゴードンに操られていたのだ! 武器を下ろして投降するなら危害を加えないと約束しよう!」
その声で、敵兵達はざわついた。
ディランは味方の兵士達に向かって言う。
「ここからでは声が届かない者もいるだろう。お前達、俺の声を届けてくれ! もし負傷者がいたら保護するんだ。神殿女官達のサポートを最優先にして、彼女達を傷つけないようにするんだ!」
「おおー!!」
兵士達が突進していく。
ローズの浄化の光から漏れた敵兵が自軍の兵士に向かって切りつけようと剣を振り上げた時──。
「浄化ッ!!」
そう叫びながらエステルが敵兵に向かって浄化魔法をかけた。最前線でのことだ。敵兵が意識を取り戻した。
エステルが後方にいるローズに向かって嬉々として手を振った。
「ローズ様! 私が前線でサポートします! ローズ様は広範囲浄化を!」
「エステル……」
その励ましにローズは驚きつつも、胸があたたかくなった。
孤立無援で戦う覚悟していたのだ。ローズ一人では明らかに手が足りなかった。
エステルの行動で味方の兵達に活気が戻る。そしてそれは後方にいる聖女候補達にも伝染したらしい。あるいは、あのエステルがあそこまでやっているのに自分は何をしているのか、と思ったのかもしれないが……。
「せ、聖女様! 私にも戦わせてください!」
そう言って、聖女候補や神殿女官達は決意のこもった瞳でローズに言った。皆、怯えたようにまだ手足が震えていたが。
剣を持って立ち向かっていく敵兵に立ちふさがることは、生半可な覚悟では務まらないことだ。
「皆……できるの?」
ローズの問いかけに、
「はい……! やらせてください!」
震える拳を握りしめて、聖女候補達は大きくうなずく。
彼女達の心中を思って、ローズは驚きつつも感動してしまった。
「皆……ありがとう……!」
(彼らが協力してくれるなら、ゴードンに操られている兵士達を全員元に戻せるわ!)
「ローズ、兵士達に彼女達を護らせます! お前達、神殿にばかり活躍を奪われるなよ!」
ディランが兵士達にそう声をかけると、鎧を着た兵士達が雄たけびを上げた。エステルや神殿女官達をサポートするために動く。
それに勇気をもらったらしい聖女候補と神殿女官達がエステルのいる前線に向かって走って行った。いち早く戦っていたエステルが「あなたはあちらをお願いします!」と現場指揮をする。
ローズは微笑みながら、深呼吸して意識を集中させる。
聖力を体外に向かって広げるイメージを浮かべると、まばゆい光が体を巡った。
「浄化ッ!!」
ローズの言葉に呼応して、内から放たれた聖なる力が天を貫く柱となって敵兵の集団を包んだ。
城郭の見張りからの知らせの旗が上がる。南の【転移門】の方角から、王都に向かって軍隊が行進してきていた。数は二千人程度だろうか?
「予想よりも多いわね」
ローズはつぶやくように言った。
すでにディランが率いる王太子軍は城壁の前に整列して反乱軍を待ち構えていた。こちらの兵は四千だ。数では圧倒している。だが、ディランの表情はくもっていた。
「相手は今回の戦争のために急遽集められた烏合の衆です。元は農民や傭兵達がほとんどですから、普通なら離脱者が出てもおかしくはありませんが、それは期待できないでしょう。どうやら皆ゴードンに操られているようです」
ローズは表情を引き締めて、うなずく。
ゴードンは何らかの方法で人々を操っているらしい。
「……やはり聖遺物の指輪が関係しているのかしら? コルケット伯爵の遺体と邸を調べさせたけれど、聖者アシュの指輪が見つかっていないの。もし、それをゴードンが身に着けているなら……」
ローズが一晩かけて考えた推論だ。
エイドリアン・コルケットに聖者アシュの指輪が奪われたことが絵画からも分かっている。これまではコルケットの子孫が指輪を受け継いできたらしいが、指輪が見当たらないならゴードンが持っていると考えるのが自然だ。そして、聖者アシュの遺品ならば不思議な力も秘めていてもおかしくはない。
「ああ、そうですね。それは俺も考えました。……ですが、何だか今回はそれだけではないような気がしているんです」
ディランはそう言って、地平線に広がる反乱軍の隊列を眺めている。
「それだけではない? どうして、そう思うの?」
「分かりませんが……そんな感覚がぬぐえなくて」
「大丈夫。ゴードンが指輪で皆を操っているなら、聖者アシュの末裔であるディランの力は効果があるはずよ。きっと私の聖力も役に立つ」
そう励ますようにローズが言うと、ディランは微笑んだ。
「ありがとうございます。後方支援を頼みます。──全軍、進め!!」
ディランが剣を振り上げると、王国軍が一斉に「おおッ!」と声を張り上げた。盾部隊の後ろから投擲機《とうてきき》が石を投げる。
だが、石にぶつかった兵士達はすぐに立ち上がる。中には自分が怪我をしていることにも気付いていない様子の者もいた。皆泥酔しているかのように足元がおぼつかない。
「操り人形か……初めて見た」
兵士の誰かが、畏怖するようにそうつぶやいた。
それは王族が使える五属性の魔法の外にある、禁じられた闇魔法だ。人の手に余る禁忌の領域のもの。神に反する属性魔法。
ローズは畏怖をおぼえて、ごくりと唾を飲み込んだ。
(あれは相手を死ぬまで動かし続ける闇魔法よ……ゴードンは、なんてことを……)
「弓部隊! 打て!」
ディランの掛け声に合わせて、数十の兵士達の矢が敵兵を貫こうと弦を引いたが──。
「待って!」
ローズは慌てて制止の声を上げた。
「ローズ?」
困惑しているディランに、ローズは冷や汗をかきながら言う。
「彼らはゴードンに操られているだけよ。本来は無害な人達だわ」
「しかし……そうだとしても、こちらに武器を持って向かってきている以上、彼らを殺さなければなりません」
苦渋のこもった表情でディランは言った。
(確かに、その通りだけど……)
通常の戦で集められる兵士だって、領主の命令に逆らえず仕方なく参加する農民もいっぱいいる。それと何が違うのだ、と言われたらそうなのかもしれない。
けれど自ら望んで操り人形になったわけではないのに、ゴードンに操られて無残に死んでしまう敵兵達を見て見ぬ振りすることはできなかった。
「……闇魔法で操っているなら、聖者アシュに由来する聖なる浄化の力には弱いはず。浄化の力を浴びせたら洗脳が解けるわ」
実践で行うのは初めてだが、ローズは闇魔法が聖なる力に弱いことは文献から知っていた。
ディランは思案するように言う。
「敵に浄化魔法をかけるということですか……なるほど。試してみる価値はありますね」
ローズはコクリとうなずき、意識を集中させて手をまっすぐに伸ばした。目標は一番手前の敵兵だ。といっても距離はあるが、このくらいなら何とかなるだろう。
「──浄化!」
ローズの手から放たれた光が敵兵の頭部にぶつかると、兵士はその場で崩れ落ちた。だが、間もなく起き上がって不思議そうな表情で周囲を見回している。先ほどまでの顔つきとまったく違う。意識を取り戻したようだ。
「やった! 元に戻せるわ!」
(これなら皆を助けられる……!)
ローズが喜色を見せると、ディランがうなずく。
「すみませんが敵兵の浄化を頼めますか?」
「ええ! 私一人では敵兵全員をカバーしきれないから、聖女候補や神殿女官達に手を貸してもらうわ。彼女達を敵から傷つけさせないように兵士達にサポートを頼めるかしら?」
「勿論です」
ローズはディランとうなずきあい、聖女候補と神殿女官達に向かって言った。
「皆、浄化の力を敵兵にかけたら、彼らの洗脳が解けるわ!」
しかし、聖女候補達は元から青かった顔からさらに血の気が引いていた。遠くから近付いてくる敵兵達を前にして明らかに皆逃げ腰だった。
「え、それって私達に前線に行けっていうことですか!?」
「そっ、そんなことできませんッ!」
「どんどん近付いてくる! 怖いわ! もうここにはいられない……!」
皆の大混乱ぶりに、ローズは困惑した。
「だっ大丈夫よ! 王太子軍の皆さんが手を貸してくれるわ! 絶対に皆を傷つけさせないようにしてもらうから。私が皆に加護の力も授けるから怪我はしないわ!」
兵士全員に加護の力を授ける聖力の余裕はないが、神殿女官達に与えるくらいはできる。
ローズの言葉に、悲鳴のような聖女候補の声が上がった。
「それでも、敵兵のそばに行かなきゃいけないじゃないですか! 私達は遠くから広範囲の浄化ができるローズ様とは違うんですよっ!!」
その言葉に、ローズは押し黙った。
(確かに、彼女達が言う通りだわ……)
ローズと違って神殿女官達は遠距離から浄化をすることはできない。いくら周囲の兵士が危険から護ってくれたとしても、かなり相手に近付かなければならないので心理的抵抗が大きいのだろう。
皆、治癒しかしたことがない女性達だ。戦場での後方支援だから受け入れたものの、まさか自分が兵士達と同じように前線に出る覚悟はしていなかったのだろう。たとえローズが加護をかけても、味方の兵士が護ってくれたとしても怖いものは怖いのだ。
彼女達にとってローズの言葉は、安全圏からの理不尽な命令にしか聞こえないだろう。
──けれど、ローズ以外に広範囲の浄化を行える者は他にいない。
(私が広範囲の浄化を行っても、どうしてもそこから漏れてしまう兵士はいるわ。その兵士達がこちらに向かってくるかもしれない。彼らの浄化を神殿女官達に任せられたら、全員救えたかもしれないけれど……)
けれど、この様子では期待はできないだろう。
幾人かの敵兵は見殺しにしなければいけなくなるかもしれない。
(……仕方ない。私だけで二千人も浄化できるかは分からないけれど、やるしかないわ)
このままではゴードンや敵兵達に王都を荒らされてしまう。街にいる多くの民が危険に晒される。
(広範囲の浄化をできるほどの聖力を使い切ってしまったら、前線に出て敵兵を一人一人浄化していきましょう)
「では、私が一人でやるわ」
そうローズが覚悟を決めた。
「浄化!」
ローズが手のひらをむけると、前線にいる敵兵の一団が光に包まれた。光を浴びた兵士達は目を剥き、「ハッ、俺はなぜここに……?」という表情で意識を取り戻していく。
前線では正気を取り戻した兵士と洗脳されている敵兵で大混乱が起きていた。
「ディラン! 皆さんの保護をお願い!」
ローズがそう言うと、ディランはうなずいた。
ディランは「はい」と言って深呼吸してから、敵兵達に向かって叫んだ。
「私は王国軍総司令官ディラン・マクノーラ・イブリースだ! 君達はゴードンに操られていたのだ! 武器を下ろして投降するなら危害を加えないと約束しよう!」
その声で、敵兵達はざわついた。
ディランは味方の兵士達に向かって言う。
「ここからでは声が届かない者もいるだろう。お前達、俺の声を届けてくれ! もし負傷者がいたら保護するんだ。神殿女官達のサポートを最優先にして、彼女達を傷つけないようにするんだ!」
「おおー!!」
兵士達が突進していく。
ローズの浄化の光から漏れた敵兵が自軍の兵士に向かって切りつけようと剣を振り上げた時──。
「浄化ッ!!」
そう叫びながらエステルが敵兵に向かって浄化魔法をかけた。最前線でのことだ。敵兵が意識を取り戻した。
エステルが後方にいるローズに向かって嬉々として手を振った。
「ローズ様! 私が前線でサポートします! ローズ様は広範囲浄化を!」
「エステル……」
その励ましにローズは驚きつつも、胸があたたかくなった。
孤立無援で戦う覚悟していたのだ。ローズ一人では明らかに手が足りなかった。
エステルの行動で味方の兵達に活気が戻る。そしてそれは後方にいる聖女候補達にも伝染したらしい。あるいは、あのエステルがあそこまでやっているのに自分は何をしているのか、と思ったのかもしれないが……。
「せ、聖女様! 私にも戦わせてください!」
そう言って、聖女候補や神殿女官達は決意のこもった瞳でローズに言った。皆、怯えたようにまだ手足が震えていたが。
剣を持って立ち向かっていく敵兵に立ちふさがることは、生半可な覚悟では務まらないことだ。
「皆……できるの?」
ローズの問いかけに、
「はい……! やらせてください!」
震える拳を握りしめて、聖女候補達は大きくうなずく。
彼女達の心中を思って、ローズは驚きつつも感動してしまった。
「皆……ありがとう……!」
(彼らが協力してくれるなら、ゴードンに操られている兵士達を全員元に戻せるわ!)
「ローズ、兵士達に彼女達を護らせます! お前達、神殿にばかり活躍を奪われるなよ!」
ディランが兵士達にそう声をかけると、鎧を着た兵士達が雄たけびを上げた。エステルや神殿女官達をサポートするために動く。
それに勇気をもらったらしい聖女候補と神殿女官達がエステルのいる前線に向かって走って行った。いち早く戦っていたエステルが「あなたはあちらをお願いします!」と現場指揮をする。
ローズは微笑みながら、深呼吸して意識を集中させる。
聖力を体外に向かって広げるイメージを浮かべると、まばゆい光が体を巡った。
「浄化ッ!!」
ローズの言葉に呼応して、内から放たれた聖なる力が天を貫く柱となって敵兵の集団を包んだ。