捨てられた聖女と一途な騎士〜元婚約者に浮気された挙句殺されてタイムリープしたので、今度は専属騎士と幸せになります!でも彼が妾出の王太子だなんて聞いてません〜

六、家族との再会


 ローズが両親に手紙を送ると、その一週間後に両親は神殿までやってきてくれた。

「ローズ! 久しいな」

 そう言って神殿の入り口で両手を広げる父親に、ローズは「お父様!」と破顔して抱きしめる。隣にいた母親とも抱き合った。

「遠いところから、わざわざありがとう。お父様、お母様」

「なんのなんの。【転移門】を通ってきたから、ひとっ飛びさ」

 数十年前の王女に魔導具作りが趣味だった人がいて、彼女が聖遺物を使って各地に【転移門】を作った。
 そのおかげで、公爵領から王都までは馬車で通常一か月はかかる道のりが、いくつかの【転移門】を経由すれば一週間ほどで来られるようになったのだ。

「いえ、それでも一週間はやっぱり遠いわよ。部屋まで案内するわ」

 そして客室にティーセットを用意してもらい、親子で甘いものを食べて歓談して寛いだ頃──ローズは本題を切り出す。

「お手紙でも書いたのだけれど……じつは、ゴードン様との婚約を解消したいの」

 ローズは緊張しながら両親の顔色を窺った。
 手紙では過去に戻ったという詳細な内容までは伝えていなかった。
 ゴードンの人格はともかく、ローズの父親にとっては恩人の息子だ。そのため今までゴードンに冷淡な態度であしらわれても、婚約破棄したいとまでは両親に言い出せずにいた。
 ローズの父親であるネルソン公爵は、「ふむ……」と思慮深げな眼差しで顎を撫でる。

「ローズのことだ。ちゃんと理由があるんだろう。話してくれないか」

「じつは……私とディランは六年後の未来から過去に戻ってきたの。体は十八歳だけど、実年齢は二十四歳よ」

 ローズは意を決して言った。
 ネルソン公爵夫妻はあんぐりと口を開けている。

「え? 六年前って……ローズ、二十四歳の時から今の十八歳に戻ったということか? 記憶を持って?」

 父親がローズの言葉を何度も確認するように問う。いきなりすぎて受け入れられないのだろう。

(当然よね。突然、娘に『六年後からやってきました』って言われても困っちゃうわ)

 ネルソン公爵は呆然としていた。いち早く立ち直ったのは母親だ。

「私はローズのことを信じるわ。嘘を吐くような子じゃないもの」

「ぼ、僕だってローズのことは信じているさ! しかし過去に戻ったなんて、あんまりにも突拍子がなくて……っ」

「おそらく、このブレスレットのおかげだと思います。私はこれが聖遺物だと確信しています」

 ローズは左手首につけているそれに触れながら言う。

「……なるほど、聖遺物……。それが……」

 ネルソン公爵は長く息を吐いて思案顔になる。
 不思議な力を持つと言われる聖遺物なら、過去に戻る力があってもおかしくないと思ったのだろう。

「そうなんです。私達がなぜ過去に戻ったのかは分かりませんが……、未来でショックなことが起きたので、その影響かもしれません」

「ショックなこと?」

 怪訝そうなネルソン公爵に、ローズは戸惑いながらうなずく。

(言いにくいけど、言わなきゃいけないわよね……)

 できるだけ自分の感情を交えず、端的に説明することにした。

「ええ……未来で後輩聖女のルシアにゴードン様を寝取られまして。ルシアが妊娠してしまったんです。そして聖女の任期が終わる日──つまり私が二十四歳になった日に婚約破棄されて、殺されそうになりました。ブレスレットがルシアに奪われかけてバラバラに砕けてしまって……そのせいで過去に戻ってしまったのかもしれません」

 そして、二人とも顔を真っ赤にして震えだす。
 耐えきれなくなった公爵が膝を拳で叩いた。

「ローズを殺そうとしただと!? しかも後輩聖女に手を出して妊娠させたなどと……! クソッ! あの小僧、ローズになんて真似を……! そんな男に大事な娘を預けてたまるか!」

「ローズ、婚約解消しましょう。そんな仕打ちをする男は信用できないわ」

 母親が涙目でそう言ってくれて、ローズは少し驚いてしまった。

「お父様、お母様……良いの?」

(がっかりさせてしまうかと思っていたのに……)

 ネルソン公爵はゆったりと首を振った。

「そんなに無理をさせていたとは知らなかったんだ。すまない……そもそもね、僕は婚約には反対だったんだ」

 初めて知らされる事実に、ローズは目を丸くする。

「そうなの?」

「確かに、僕が幼少期にゴードン君の父親……コルケット前伯爵に命を救われたのは事実だ。だが我が公爵家は、僕が小さい頃から伯爵家に多額の援助をしてきた。ゆえに謝礼はもう僕の代で終わっている。……息子が不治の病で誰も治せないからとコルケット前伯爵に泣きつかれて、ローズにゴードン君の治療を許したんだ。まあ、ローズの婚約も……コルケット前伯爵に押し切られてだな」

 気まずげにネルソン公爵は言う。

「そう、だったのね……」

「ああ。僕が『もう十分すぎるほど謝礼はしたでしょう』と、いくら言っても、コルケット前伯爵は『命に値段はつけられないだろう。今、きみが生きていられるのは誰のおかげだ? 妻や娘がいるのは?』と言って引かなくて……すまない、こんな事態になったのは僕が原因だ。当時はローズもゴードン君のことを悪く思っていないようだったから良いかと……その……、軽く考えていたんだ」

 隣に座る母親に睨まれて、公爵の身を縮める。
 ローズは両親がずっとコルケット伯爵家にお金を融通してあげていたことも知らなかった。しかも、それは父親が幼い頃から続いていたとは……。

(相手の弱みに付け込んでお金をゆすり続けるなんて……これじゃあ奴隷……搾取と同じだわ)

 ローズは膝の上でぎゅっと拳を握りしめる。
 母親はローズの拳の上に自身の手を重ねた。

「……命の値段はつけられない。それはその通りよ。私も愛する彼を救ってくれたコルケット前伯爵には感謝していたから、相談を受けた時には援助していたわ。……でも、ローズを婚約者にすることは反対だったの。そんなことをしたら、ローズがずっとゴードン君に奉仕しなきゃいけなくなるもの。そんなことは当事者──私たちの代で終わらせるべきでしょう」

 ローズはハッとして顔を上げる。母親の目は潤んでいた。

(そうか……私はお父様の恩人の息子だから助けなきゃって、ずっと思っていたけれど……そんな義務はなかったの?)

 それは雷に打たれたような衝撃だった。
 父親のためにも、婚約者のゴードンが求めるなら優先的に彼を癒さなければならないと思い込んでいたのだ。
 ゴードンはローズが治療しても当然だという態度で感謝もせず、最後には疎まれ、手ひどい裏切りを受けたというのに。『お前達は俺の父親に恩があるんだ』と言って、ゴードンは治療した際にも神殿に寄付金も渡さない。ローズは『それは当然のこと』『仕方ないこと』と自分に言い聞かせて十六年間、黙って支えてきたのだ。
 ──本当はずっと、ゴードンのために割いている治癒の時間がなくなれば、もっとたくさんの人を救えるのにと、心のどこかで思っていた。けれど聖女の立場で、そう思うことも後ろめたくて口にできなかった。

「子供に親が受けた恩を返す義務なんてあるはずがないわ。そんなことをしたら、親の借金も罪も、何でも引き受けなくてはいけなくなってしまうもの……あなたは婚約破棄でも好きにして良いのよ。ゴードン君がしたことは許せないわ。こちらは公爵家だもの。もうコルケット前伯爵から何と言われても私は譲りません」

 凛とした声で母親に言われて、ローズはじわりと目が潤んだ。父親も大きくうなずいている。

(……もっと早く相談すべきだったのかもしれない)

 なかなか腹を割って話せていなかった。八歳の時に離ればなれになって、会うのは年に数回。少し両親とも距離があるから、気を遣いすぎていたのだろう。
 状況的に仕方のない部分もあると思う。
 ──でも、これからは変えていけるはずだ。

「じゃあ、ゴードン様と婚約破棄させてもらうわ」

 そう言うとローズは立ち上がって後ろを向き、こっそり涙をぬぐった。その時にそばで待機していたディランと目があって、少し気まずくなる。
 彼がそっとハンカチを差し出してくれた。
 その優しい眼差しに、ローズの頬が緩む。

(両親にすら見せられない弱い自分を……ディランには全部見られちゃっているのよね)

 それが恥ずかしくも心地よい。
 そしてローズはハンカチを使った後、両親に向かって笑みを浮かべた。

「いつもは社交シーズンしかいられないから……今回はぜひ、王都でゆっくりして行って。好きな場所を案内するわ」

「おお、じゃあ是非、神殿のワイナリーを見学したいな。最近は発泡するワインを宮殿に献上しているらしいじゃないか。とても美味いと、地方でも噂になっているよ。僕にも飲ませてくれ」

「あなたったら、昼間からそんなに飲む気?」

 温かな笑い声が室内に広がる。
 久しぶりの家族の団らんに、ローズは強張っていた聖女の仮面がほどけていくのを感じた。
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