新そよ風に乗って 〜焦心〜
「その荷物持って電車に乗ると、今の時間帯、金曜日だし確実に潰れるぞ」
確かに金曜日の夜は、特に電車が混んでいるので、潰れてしまうかもしれない。
「すみません。いつも、送って頂いてしまって」
高橋さんは、黙ったままこちらを見て微笑んでくれた。
けれど、直ぐにマンションの前に着いてしまった気がする。途中、少し渋滞はしていたけれど、高橋さんと一緒に居ると緊張しているせいか、時間の経つのも早い。
助手席のドアを開けてくれた高橋さんが、後部座席に置いてあったスーパーの袋を取ってくれた。
「送って下さって、ありがとうございました。高橋さん。気をつけて、帰って下さいね」
「ああ。それじゃ」
「おやすみなさい」
高橋さんが、運転席の方に向かう後ろ姿を見ながら、また月曜日に会えるんだからと言い聞かせていた。
あれ?
心の中で、高橋さん。また、月曜日に。と、言っていたら、その高橋さんが振り返って、またこちらに足早に近づいてきて目の前に立った。
「高橋さん。どうかしましたか?」
見上げた高橋さんの顔が、一瞬真っ暗になって何も見えなくなると、スーパーの袋を両手に持ったまま、ギュッと抱きしめられていた。
高橋さん?
高橋さんの頬が、私の頭の上に触れているのが分かる。
「おやすみ」
頭上で声が聞こえると、高橋さんの体も離れていた。
「高橋さん?」
「風邪ひくな。お前の体、冷たかったから」
「高橋さん……」
そう言って、高橋さんは微笑むと運転席に乗ってエンジンを掛けると、直ぐに行ってしまった。
何だったんだろう?
遠ざかる車のテールランプを見つめながら、抱きしめられていたことを思い出して胸がキュッと締め付けられていた。

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