新そよ風に乗って 〜焦心〜
あっ……。
「ンッ……」
カメラのシャッターの音が真上で聞こえた途端、遠藤主任は直ぐに私から離れた。
嘘。
今、何された?
まさか……遠藤主任に、キス……された?
慌てて、唇に右手の人差し指と中指をあてていると、遠藤主任に肩を叩かれたので反射的に離れた。
「ハハッ……そんな驚いた顔するなよ。良く撮れてるぜ? ほら、見てみろ」
遠藤主任が、携帯の画面をこちらに向けた。
嘘……でしょう?
画面を見た途端、直ぐに視線を外して下を向いた。
ああ……もう、何てことだろう。
起こってしまったことに自己嫌悪しながら、哀しさの中で思い出したのは高橋さんの顔だった。
高橋さん……ごめんなさい。
「何、するんだ。返せよ」
エッ……。
突然、遠藤主任が声を上げたので顔をあげると、まゆみが遠藤主任の携帯を奪って何やら操作をしていた。
「神田。お前、俺の携帯に何してるんだ!」
「……」
そんな遠藤主任の荒げた声等、まゆみはお構いなしで、無視したまま携帯の操作に没頭している。
「お前。他人の携帯を見るのは、れっきとしたプライバシーの侵害だぞ」
「これで、ヨシッと。煩い! ガタガタ言ってると、こっちは強制わいせつで訴えるよ? 遠藤さんよ、それでもいいんかい?」
遠藤主任の文句にも動じる気配もないまゆみは、逆に遠藤主任に詰め寄った。
まゆみ……。
「私の携帯に送信もしたし、こっちには、ちゃーんと証拠もとってあるからね。ああ。勿論、遠藤さんのチップには、もう証拠画像は残ってないよ。初期化しちゃったからさ」
「な、何なんだ。何、人の携帯を勝手に操作してる。だいたい、アドレスに登録もしてないのに、そんな短時間で神田の携帯に送信なんて出来るわけないだろ。でまかせ言うな」
「ホホッ……。お生憎様。私の用心深さは、根っからのもの。いつ何時、何が起きるか分からないから、自分のメールアドレスは簡単で難しいものにしてるのよ」
「簡単で難しいもの?」
何だろう? 
まゆみの言う、その簡単で難しいものって?
「アドグジム」
アドグジム?
「何を言ってるんだ? でまかせばかり言ってないで、人の早く携帯返せ」
「言われなくても、こんな汚らわしい携帯なんぞ、返してあげるわよ。それに、でまかせかどうかは、そのうち分かるはず」
「うるせーよ」
遠藤主任は、まゆみから引ったくるようにして携帯を奪い取りポケットにしまうと、捨て台詞を吐いて行ってしまった。
「あっ。初期化してるから、お忘れなくぅ」
その背中に、まゆみが大声で呼びかけていた。
遠藤主任の姿が見えなくなって、緊張の糸が切れたようにその場に座り込んでしまった。
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