新そよ風に乗って 〜焦心〜
「陽子。大丈夫? 遠藤が陽子が出て行った後、直ぐ事務所を出ていったから、おかしいなとは思ってたのよ」 
「まゆみ。私……」
「ああ。怖かったね、ヨシヨシ……。私、電話してたから、ちょっと来るのが遅くなっちゃったんだ。タッチの差だったな。ごめんね」
座り込んでしまった私を、まゆみが優しく起こしてくれるとそのまま抱きしめてくれていた。
遠藤主任にキスをされてしまったことが哀しいのか、高橋さんへの裏切りともとれる行為に対してなのか。すべてが哀しくて、悔しくて、怖さも手伝って、もう何が何だか分からないまま、なかなかまゆみから離れられないでいたが、暫くしてまゆみがメイク道具を持ってきてくれた。
「顔、酷いから直した方がいいよ。このまま帰ったら、きっとハイブリッジも不審に思うだろうから」
「うん……ありがとう」
高橋さん……。
メイク道具を借りて鏡の前に立つと、およそ公衆の面前に対して失礼なほどの酷いメイクの崩れように驚いて、自分でも仰け反ってしまった。
急いで顔の突貫工事をしてまゆみと別れて事務所に戻ったが、会計の場所が近づいてくるにつれ緊張の度合いが増していくのが分かる。ふと見ると高橋さんは席に居なかったので、少しだけホッとしながら席に戻った。
「戻りました」
「お帰りなさい」
「お帰り。書類、ありがとう」
嘘。
高橋さん。席に居たんだ。コピーしに行ってたのかな。
「い、いえ……」
高橋さんと視線を合わせられなくて、急いで席に着いて書類を見るふりをした。
しかし、席に戻ってからも、何かにつけ遠藤主任にキスをされた時のことを思い出したくないのに思い出してしまい、嫌な感触が蘇ってきて唇をギュッと噛みしめていた。
「はい。会計監査、中原です。お世話様です。はい。少々、お待ち下さい」
電話が鳴っていたので出ようとしたが、先に中原さんが出てくれていた。
「高橋さん。総務の神田さんから、お電話です」
エッ……。
まゆみから?
まゆみが、高橋さんに電話を掛けてくるなんて珍しい。
ハッ!
「お電話代わりました。高橋です」
まゆみ?
まさか……。
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