新そよ風に乗って 〜焦心〜

責務

「お電話代わりました。お世話になっております。はい……」
お願い、まゆみ。
言わないで……。
気づかれないように、チラチラと見ながら高橋さんの言動に耳を傾けていた。
「はい……そうですか……では、その件に関しましては、こちらで確認致しましてご連絡させて頂きますので……はい……よろしくお願いします。失礼します」
違った? 仕事の話?
高橋さんは、まゆみと電話中、1度も私を見ることはなかった。
「矢島さん。ちょっと、いいかな?」
エッ……。
「は、はい」
な、何だろう?
いきなり呼ばれて、タイミングがタイミングなだけに焦ってしまう。
「中原。Bに居るから、何かあったら呼んでくれ」
「はい。分かりました」
まさか、まゆみ……本当に言ってしまったんじゃ……。
高橋さんが、会議室のドアのマジックミラーから中を見ると、一応ノックしてからドアを開けた。
「入って」
「あっ、はい」
先に私を部屋の中に入れてくれると、高橋さんはプレートを使用中にしてドアを閉めた。
「掛けて」
「はい」
椅子を引いて掛けるように手で示すと、高橋さんも向き合うように机を挟んで座ってファイルを机の上に置いた。
「早速なんだが……」
机の上のファイルと一緒に置いたシステム手帳を高橋さんは開き終えると、こちらを見た。
「最近、何か不安に思っていることとか、悩んでいることとか、俺に言いたいこととか、ないか?」
高橋さん……。
高橋さんは、やっぱりまゆみから聞いて知っているんだ。遠藤主任とのことを……。
どうしよう。
さっきの忌まわしい出来事を、高橋さんに正直に話すべきだろうか?
でも……。
話したところで、どうにもならないような気がする。それに、またいろいろ噂になって、好奇の目で周りから見られるのは、もうたくさんだ。二度と、あんな嫌な思いと雰囲気は味わいたくない。
「い、いえ、何も……ないです」
「……」
言い方が悪くて不信感を抱かせてしまったのか、高橋さんは無言のままジッと私を見ていたが、直ぐにファイルを開いて、いちばん上の用紙をこちらに向けて差し出した。
「本来、面接を先月しなければいけなかったんだが……。遅くなって申し訳ないが、これを明後日ぐらいまでに書いて戻してくれるか?」
考課表……。
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