新そよ風に乗って 〜焦心〜
部屋に入ってから着替えようとしたが、先にお風呂の準備をしようと思い、湯船にお湯をはりながら着替えていると、昼間の出来事がフラッシュバックしてきて、着替えの途中だったが、そのままお風呂に飛び込んだ。
湯船に顔を浸けて気持ちを落ち着かせようとしたが、気分転換どころか目を瞑ったので、尚更、蘇ってきて、かえって逆効果になってしまった。
顔を洗いながら必死に何度も唇を重点的に洗っても、洗っても、嫌な感触が思い出されてしまう。
汚い……私の唇。
湯船に浸かって、泣きながら指で唇をなぞっていた。
お風呂に入ってすっきりしようと思っていたのに、何も変わらないままベッドに倒れ込むようにして横になった途端、お風呂で我慢していた分、涙がどっと溢れてきて、声が漏れないように、必死に顔を布団に押しつけた。
何で、あの時、もっと警戒しなかったんだろう。何故、あの時……。
思い浮かぶのは、後悔の言葉ばかり。
散々、泣いた後、喉が渇いて冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを出して飲むと、喉を通る液体の冷たさが心地よかった。
『いつでも、話は聞く。解決の糸口は、必ず見つかるはずだ。家に帰って気持ちを落ち着けて、それでも辛く眠れなかったら電話しろ。何時でも構わない』
何時でも……。
時計を見ると、もう日付けが変わっていた。今、高橋さんに電話したら……もう寝ているかもしれない。やっぱり、やめよう。
『辛くて眠れなかったら電話しろ』
「高橋さん……」
ベッドに座って、無意識に携帯を握りながら高橋さんの名前を口にしていた。
いずれ、話さなければならないのだったら、それだったら……今、電話なら話せるかもしれない。面と向かっては、やっぱり無理だから。
携帯のアドレス帳から、高橋さんの携帯を選んで決定を押した。
3回鳴らして、出なかったら切ろう。
携帯を持つ手が震える。
左耳越しに、コール音が聞こえ出した。
1回……2回……。
3回……。
もう駄目!
3回目のコールが鳴り終わる前に、電話を切った。
何時でも構わないと高橋さんは言ってくれたけれど、もうこの時間だと寝ているか、お風呂に入っている時間かもしれない。せっかく家で寛いでいる高橋さんに、嫌な話をこんな時間にしたらやっぱり申し訳ない。
携帯をギュッと握りしめて、胸に押しつけた。
うわっ。
すると、胸に押しつけていた携帯がいきなり震え出したので、驚いて慌てて携帯画面を見ると、高橋さんからだった。
エッ……。
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