新そよ風に乗って 〜焦心〜
もしかして、私が起こしてしまった?
「も、もしもし」
「高橋です。どうした?」
電話越しに聞こえる高橋さんの声は、とても穏やかで優しいトーンだったので、それが安心出来て心地よいものだった。
「高橋さん。あ、あの……寝てらっしゃいましたよね? 起こしてしまって、申し訳ありません」
「いや、起きてた」
「えっ?」
起きていたの?
でも、3回コールしても電話に……。
「お前からの電話が切れるのを、待ってた」
待ってた?
私が電話を切るのを?
「あの……」
「俺が出ちゃったら、通話料金掛かるだろ? だから」
高橋さん……。
電話越しに聞こえてくる高橋さんの声が、少し笑っているように聞こえる。
「すみません……ありがとうございます」
「大丈夫か?」
ああ、もう駄目。
今、声を発すれば、絶対泣いてしまう。
電話なんだから見えないのに、首を横に振っていた。
「黙ってたら、電話だと分からないだろう?」
分かっていても、また黙ってまま頷いてしまった。
上手く伝わらない。情けないが、今の思いを伝えられない。
「お前。今、家だよな?」
業を煮やしたのか、そんな私に高橋さんが先に口を開いた。
「は……い」
そう、返事をするのがやっとだった。
「悪いが、電話切るぞ」
エッ……。
「あ、あの……ごめんなさい。高……」
話している途中で、電話が切れてしまった。
きっと高橋さんは、電話をしておきながら、何も言い出さない私に呆れてしまったんだと思う。
高橋さん……ごめんなさい。
自分で電話しようと思って掛けたのに、こんなんだったら電話しなければ良かった。馬鹿みたい。
携帯に当たるつもりはなかったが、ベッドに座りながら握りしめていた携帯を無意識に放り出し、座ったまま横に倒れて目を瞑ると、また昼間の遠藤主任の顔が思い浮かんで、思い出したくないシーンまで鮮明に蘇ってきた。
すべてのことに脱力感でいっぱいになり、目を開けて視界に入る壁を見つめていると、壁が水槽のようになって、水が溜まっては流れ、溜まっては流れていく。涙のように、私も透明になれたらいいのに。乾いて、消えて……。そうしたら、また生まれ変わって……。
あっ……。
でも、その時、高橋さんに巡り会えるとは限らないんだ。
ピンポーン。
深夜の静けさの中でインターホンが鳴ったので、驚いて飛び起きた。
高橋さんとの電話が終わってから、どのぐらいこうしていたんだろう? 時計を見ると、すでに1時を過ぎている。
だ、誰? こんな夜中に。
聞こえないはずだけれど、足音が外に聞こえないようにと静かに玄関まで行って、ドアスコープからそっと覗いた。
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