新そよ風に乗って 〜焦心〜
泣き声で上手く話せず、途切れ途切れになってしまう。
高橋さんが少しだけ腰を浮かせて、左のパンツのポケットからハンカチを取り出して涙を 拭ってくれた。
「それで?」
ああ……。そんな穏やかな声で、優しく聞かないで。高橋さんを、裏切ったのに……。
高橋さんのその声に、また涙が溢れてしまう。
「それで……総務の階のトイレの前で、遠藤主任に後ろから引っ張られて……携帯の画面を見せられたんです。そしたら、私が油断した隙に……私が油断してしまったから、だから隙があって……遠藤主任に……」
「……」
そこから先は、やっぱり言いたくなかった。
でも、高橋さんもその先を聞くことはなくて、黙ったまま何も言ってくれない。
もしかして……。
やっぱり、嫌われちゃったの?
視線を合わせることを避けていたが、だんだん不安になってきてしまい、気になって視線を高橋さんに向けた。
うっ。
すると、思いっきり高橋さんと目が合ってしまい、今度は怖くて視線を外せなくなってしまった。
僅か2〜3秒のことだと思うが、それが長い時間に感じられるほど高橋さんと視線を交わしていた。
「ごめ……」
「おいで」
エッ……。
高橋さんが、私の背中にそっと左手をまわして優しく触れた。
『おいで』 って……高橋さん?
高橋さんが私を引き寄せ、私はすっぽり高橋さんの腕の中に入ってしまっていた。
「お前、さっきからずっと震えてる」
あっ……。
やっぱり高橋さんに、気づかれていた。
必死に、体の震えを押さえようとしていたのに。
「もう、そんなに頑張らなくていいぞ」
高橋さん……。
頑張った?
私、何を頑張ったの? 
「よく頑張ったな」
高橋さんは、そっと私を抱きしめながら頭を優しく撫でてくれている。
「私……私……うっ……うっ……うわぁぁぁあん」
表面張力によって保たれていたグラスの水が、氷を入れた途端、均衡が崩れて勢いよく零れだしてしまったように、一気に涙が溢れ出した。
そんな私を高橋さんは、黙って抱きしめてくれていた。

やっと気持ちが落ち着いてきて、高橋さんは震えの止まった私の身体をそっと離すと、同時に私の顎を持って心持ち上を向かせた。
嘘……。
高橋さんの顔がどんどん迫ってきて、5センチぐらいの距離まで近づいていた。
どうしよう。
駄目……息が苦しい。
高橋さんの前髪が、おでこに触れる。
ああ、もう無理。
堪えきれずに、思いっきりギュッと目を瞑った。
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