新そよ風に乗って 〜焦心〜
「明良さん……」
「じゃあ、ちょっと診せてね。これ、貴博がやったの?」
「ああ。なかなかだろう?」
昨日、明良さんは、きっと気づいていたはず。それなのに、そのことには一切触れずにいてくれる。やっぱり明良さんは、優しい人なんだ。
高橋さんと明良さんの2人の暗黙の了解で事が運んでいくのって、端から見ていても、とても強い絆というか、信頼関係が確立されているんだと分かる。
高橋さんは明良さんを信頼していて、明良さんも高橋さんを信頼している。勿論、それは仁さんも同じで……。
「大丈夫。このまま1週間もすれば、良くなるんじゃない? 創口もそんな深くないから」
「創口?」
「ああ。所謂、傷口のこと。陽子ちゃんのこの傷は切創と言って、刃物とか鋭利なナイフとか、先の尖ったもので切った傷のことを言うんだよね。その中にも2つあって、傷口が浅くて狭いものを創口。それと反対に、傷が深くて広いものを創面っていうんだ。だから陽子ちゃんの傷は、病院に行くと左手人差し指の切創で創口ってカルテには書かれるわけよ」
「凄い! そうなんですか。知らなかったです。流石、お医者様ですね」
やっぱり明良さんは、お医者さんなんだと改めて実感してしまう。
「それで飯喰ってるんだから、当たり前だろ?」
出た……。
後ろから聞こえて来た、高橋さんの辛辣なお言葉。
「へへーんだ! 悔しかったら、医師免許取ってみろってんだ」
始まっちゃったよ……この2人。ほんの些細なことでも、ムキになってキッズに変身してしまう。しかも、息もぴったりだったりする掛け合い。
あっ……そうよ。私のことを子供扱いする高橋さんだって、明良さんと言い合いになる時は、キッズと一緒じゃない。
明良さんが商売道具を片づけ終えて手を洗ってくると、ちょうど高橋さんがコーヒーを入れて明良さんが座るだろうと思われる席に置いた。
「Thank you!」
「そう言えば、貴博。電話で言ってた、俺に用って、何?」
明良さんが、コーヒーを飲みながら高橋さんに問い掛けた。
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