新そよ風に乗って 〜焦心〜
「い……」
怖くて、上手く声が出なかった。
「見たところ、もう終わりなんだろう? 一緒に帰ろうぜ」
「い、いえ、あの、まだ終わってないので、すみません」
遠藤主任を無視して、慌てて椅子に座ってまた電卓を叩き始めると、いきなり遠藤主任が、左手首を持った。
「や、やめて下さい!」
咄嗟に払いのけて、椅子から立ち上がって横にずれた。
「また、随分反抗的じゃん」
遠藤主任も寄り掛かっていた机から離れ、私の椅子を挟んで睨み合う形になった。
遠藤主任を睨みつける。
「そんな怖い顔するなよ」
高橋さんに、言われたんだ。絶対、相手から目を逸らしちゃ駄目だって。目を瞑ったりしても、駄目だとも言われた。隙を見せたら負けだから、ひたすら相手の出方を見て逃げられるものだったら走って逃げろって。
逃げられるものだったら……。
そうだ!
「イテッ……」
遠藤主任に、思いっきり自分の椅子をぶつけた隙に走り出した。
「おい! 待てよ」
全力で走って事務所のドアから出ると、エレベーターホールへと向かった。すると、その時、絶妙のタイミングでエレベーターのドアが開いた。
今だ!
開いたエレベーターのドアの中へ、思いっきり飛び込んだ。
うわっ。
「痛ってぇ」
「痛……」
ドアが開いたエレベーターの中から誰か降りようとしていたらしく、男の人と思いっきり正面衝突してしまい、尻餅をついて左の腰を強打してしまった。
そのままエレベーターのドアは閉まってしまったので、痛さを堪えながらエレベーターホールに転んでいる左肩を押さえている男性を見ると、相手の男性も私を見ていた。
「あれ? 矢島さん? 大丈夫?」
「か、柏木さん。す、すみません。大丈夫ですか?イタタタッ……」
「お前等、何やってんだ?」
嘘。
背後から遠藤主任の声がして、驚いて振り返った。
すると、柏木さんは何かを察してくれたのか、立ち上がって転んでいる私のすぐ傍に来て手を貸してくれた。
「大丈夫? 立てる?」
「は、はい。すみません」
左腰が少し痛かったが、柏木さんが手を貸してくれたお陰でゆっくり立ち上がることが出来た。
その時、もう1基のエレベーターのドアが開いて、中から聞き覚えのある話し声と共に経理部長を先頭に高橋さんと中原さんがエレベーターから降りてきた。
「お疲れ様です」
「ああ。どうも」
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