新そよ風に乗って 〜焦心〜
名倉経理部長に向かって、いきなり大きな声で遠藤主任が挨拶をしたので、柏木さんと驚いて顔を見合わせたが、名倉部長は慣れているのか、そのまま事務所に入っていってしまった。
「此処で、何をしてる?」
エッ……。
遠藤主任をチラッと見てから、高橋さんがこちらに視線を向けた。
「ちょうど仕事が終わりそうだったから、これから一緒に帰ろうって話してたんだよ」
な、何で。そんな……。
遠藤主任が、代わりに応えてしまった。
「遠藤に、聞いてない」
高橋さんは、遠藤主任に一瞥もくれずにそう言い放った。
「あの……」
何と言ったらいいのか上手く説明出来なくて、言葉を探すのに必死だった。
「柏木君は、何で此処に居るんだ?」
柏木さんのネームプレートを見ながら、高橋さんは柏木さんに向き直った。
きっと高橋さんは、総務の柏木さんの顔は知ってはいても、名前までは覚えていなかったのかもしれない。
「えっ? はい。先ほどの会議に自分も出ていたんですが、会議が長引いてしまったので、こんな時間になってしまったのですが、もし経理の事務所がまだ開いていたらと思い、財務に届ける書類を今持参しようとして来たところです。それで……」
柏木さんは、言い掛けて高橋さんを見た。
「それで?」
高橋さんも、柏木さんの言い掛けた言葉が気になったのか、続きを促すように問い掛けた。
「エレベーターを降りようとしたら、いきなり矢島さんが凄い勢いで飛び込んで来たんです」
柏木さん……。
高橋さんは、柏木さんの言葉に反応して柏木さんの隣に居る私を見た。
「咄嗟のことで、矢島さんと思いっきりぶつかってしまいました。申し訳ありません」
そこまで言って、柏木さんも私を見た。
すると、高橋さんが2歩ほど歩みを進めて、私の目の前に立った。
「どういうことだ?」
高橋さん?
高橋さんの口調が、厳しくなった。
「もう全員帰っていると思ったから、警備本部に寄って経理の事務所の鍵を受け取ろうとしたら、まだ矢島さんだけ残っているとさっき帰った経理の社員が言っていたと警備本部で言われたんだが……。ということは、矢島さんは経理の事務所の鍵を開けっ放しのまま、何処かに行こうとしてたということか?」
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