新そよ風に乗って 〜焦心〜
遠藤主任の言葉には、偏見かもしれないけれど信憑性が感じられない。遠藤主任が言い終えた後、高橋さんは腕を組んで黙って遠藤主任を見ていたが、直ぐに私の方に視線を向けた。
「矢島さんは、事務所を開けたままの状態で、何処に行こうとしていたんだ? 何故、鍵を掛けずに行こうとしたのか。その理由を説明してくれ」
「それは……」
高橋さんは、暫く私の返事を待ってくれていたが、また言葉を続けた。
「じゃあ、言い方を変えよう。エレベーターで、何階に行こうとしていた?」
言わなきゃ……言わなければ……。
でも、勇気が出ない。
「口を開かなければ、何も伝わって来ないぞ」
高橋さんの言葉が、深く胸に響く。
もう、泣きそうだった。
柏木さんも黙ったまま、こちらを見ているのが分かる。みんな、私の応えを待っているんだ。
今まで高橋さんや明良さんに、いろいろ教わったこと。助けてもらったこと。まゆみや中原さんにも助けてもらったり、力になってもらっていること。
すべてが思い出されて、もう自分だけ何時までも逃げているわけにはいかないことも、よく分かっている。
頑張れ、私!
でも、また社内でいろいろ指をさされて言われ、好奇な目で見られることが怖い。あの苦しみと辛さは、もう二度と味わいたくない。
「あ、あの、それは、その……な……」
「何も、そんな深い意味はないよな? 矢島だって、もう帰るから直ぐ戻るつもりだったんだろ? トイレに行きたかったのかもしれないし、女性だから言いづらいこともある。高橋。それぐらい、察してやれよ」
エッ……。
そんなんじゃない。そんなんじゃ……。
「あの……私……私は、あ、あの……え、遠藤主任から逃げたかったからです」
「はあ? 俺から逃げたかったって、どういう意味だよ?」
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