新そよ風に乗って 〜焦心〜
遠藤さんが、私の方に近づいて来ようとしたが、その前に柏木さんが私の前に一歩踏み出してくれた。
「黙ってろ。今、お前に聞いてない」
高橋さんの口調は、声を荒げることもなく淡々としていて、返ってそれが余計怖さを感じる。
「どういうことだ?」
「それは、その……身の危険を感じたからです」
言った!
やっと言えたんだ。
破裂しそうな胸を押さえながら、目を瞑った。
「また、随分と穏やかじゃない話だね」
奥に居た名倉部長が姿を見せ、持っていた書類を高橋さんの机の上に置いた。きっと、捺印が終わった分かもしれない。
「お騒がせして、申し訳ありません」
高橋さんが名倉部長にお辞儀をしたので、私達も高橋さんに習ってお辞儀をする。
「いやいや、構わない。しかし、矢島さんのその話は本当なのかね?」
エッ……。
「名倉部長! それは、誤解です」
遠藤主任が、名倉部長に駆け寄って取り繕っている。
「まあ、今日のところはもう遅いから、高橋君。また、明日にでもこの話の続きはしないかね?」
「承知しました。それじゃ、柏木君も時間を取らせて悪かった」
「とんでもありません」
「また、何か聞く機会もあるかしれないから、そのつもりでいて欲しい」
高橋さんは、柏木さんに頭を下げた。
「はい。では、お先に失礼します」
柏木さんは、挨拶をして事務所を出ていくと、遠藤主任も名倉部長に深々とお辞儀をして事務所を出て行った。
「矢島さん。申し訳ないが、明日ゆっくり今の話の続きを聞かせてもらえないかね?」
「はい……」
怖くて、勇気がなくて、ずっと何時かはこうなることが分かっていながら先送りしていた。でも、とうとう名倉部長の知るところとなって、話さなければいけない時が来てしまったんだ。こんな形で話すことになるとは、思ってもみなかったけれど……。
暫くして名倉部長も帰って、高橋さんと中原さんとコピー機やコンピューターの電源を落として帰ることになったが、時間も時間だったことと、やっぱりまだ怖かったせいもあって、今日は素直に高橋さんに送ってもらうことにした。
エレベーターに乗って2階で中原さんが降りてから、地下2階の駐車場へと向かうエレベーターの中で、高橋さんの背中を見ながらさっきの軽率な行動を謝らなければと思っていた。
「乗って」
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