新そよ風に乗って 〜焦心〜
「矢島さんは、何でそこに居たんだ?」
「あの、総務課長に書類を届けに行った帰りにトイレに寄ろうと思って、その……」
「トイレに入る前? 後? どっち?」
そ、そんなことまで、言わなければいけないんだ。本当に、嫌だな。
「それは、あの……」
「ちょっと、待って下さい」
エッ……。
大竹部長の畳みかけるような質問に、しどろもどろになってしまったからか、高橋さんが 横から割って入った。
声を聞いた感じでは、いつもと変わらない口調だったけれど、ふと隣に座っている高橋さんを見ると、大竹部長に向けられているその視線は、とてもいつもの穏やかな優しい瞳にはほど遠いものだった。
「何だね? 高橋君」
大竹部長は、高橋さんに視線を向けた。
「少し、問題の観点から逸れていると思います。そういった類の質問は、女性ですし……ややもすると、パワハラやセクハラとも取られかねない発言だと思いますが」
高橋さん。
高橋さんは、仕事上の話となると、たとえ目上の大竹部長に対しても物怖じせずに言い切ってしまうあたりやはり凄いな。
恐る恐るチラッと大竹部長の顔を見ると、ちょうど高橋さんに向けられていた視線を動かしたところで、タイミング悪く目が合ってしまった。
バツが悪く、慌ててキョロキョロ視線を泳がせた。
「矢島さん」
「は、はい」
大竹部長に名前を呼ばれ、椅子から飛び上がりそうになった。
「申し訳なかった。高橋君の言うとおり、配慮に欠けていた。自分の部下のことなものだから、つい熱くなってしまって済まなかった」
「あの、いえ……そんな……」
何だか、大竹部長が少し可哀想になってしまった。
もし、このまま遠藤主任の査問委員会が開かれたとすると、大竹部長もその上司として何らかの処分があるはずで……。
「だいたい、こちらのと照らし合わせても合っているようですね」
こちらのと?
な、何?
こちらのと照らし合わせてもって?
名倉部長が、大竹部長と私の会話に口を挟んだ。
合っているって、何?
隣に座っていた高橋さんも同じ書類を持っていたらしく、ファイルの中から出して机の上に置いた。
いったい、どういうこと?
すると高橋さんが、私の目の前にその書類を置いた。
何……これ?
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