新そよ風に乗って 〜焦心〜
私の知らないところで高橋さんが動いていてくれたことが、とても有り難かった。
今まで些細なことにも怯えて不安な気持ちで会社に来ていたけれど、それを取り除いてもらえて凄く気が楽になった。
「ありがとうございます」
こんな在り来たりの言葉だけでは、足りないけれど。
「それと、明日。この前出してもらった考課表のことで、もう一度面接するから」
「えっ? あ、あの……またですか?」
終わってホッとしていたのに、また面接だなんて。
「評価のところの記入と来期の目標の記入。あれでまともに書いたつもりか?」
エッ……。
「ああ。あの……はい」
「まあ、今回のことがあって、とても心中穏やかじゃなかったことを考慮してもだ。あれは、酷すぎるぞ」
そ、そんなに酷かったの? でも……。
「でも、高橋さん。その考課表って、10日までに人事に提出じゃ……」
「シッ!」
高橋さんが、口の前に人差し指を立てた。
すると、高橋さんが長机越しに少し身を乗り出した。
「忘れてた」
「えっ? ええっ?」
忘れてたって……高橋さんが?
「だから、中原のと一緒に明日出す」
「そ、そうですか。分かりました」
「明日、午前中にしよう」
「はい」
高橋さんでも、忘れることがあるんだ。意外だな。そう言えば……。
「あの……」
「はい」
高橋さんは、システム手帳に書きながら返事をすると、こちらを見てくれた。
でも、その瞳を見たら、もう何も聞けなくなってしまった。
「い、いえ、何でもないです。すみません」
本当は……この前、私に高橋さんの家に泊まれと言ったのは、遠藤さんが私の家に来ると知っていたからだったんじゃないのかと聞きたかったんだけど、もう今更聞いたところで、何もないことが分かったので聞くことはもうやめようと思った。
高橋さんは、別に私が言い掛けたことは気にならなかったのか、聞き返すこともなく椅子から立ち上がった。
「さて、そろそろ仕事に戻るぞ。いいか?」
「はい」
慌てて立ち上がって、椅子を元に戻した。
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