新そよ風に乗って 〜焦心〜
「はい。書類は、確かに預かった」
「あの……」
「はい」
どうしても気になっていて、考課表の訂正が終わった時点で、やはり高橋さんに聞くことにした。
「あの、遠藤主任は、もう此処には戻って来ないのでしょうか?」
戻ってきて欲しいとか、そういうことではないけれど、やっぱり気になった。
「恐らくな。だが、その方がお互いの為にもいいんじゃないのか?」
高橋さん。
確かに、同じビルの中に居て、また何時会ってしまうか分からないと怯えながら会社に来るのも嫌だ。この結果は、これで良かったんだと思わないと、せっかく尽力してくれた高橋さんや周りの人達にも申し訳ないもの。
もう過去のこととして、振り切らなければいけないこと。
前だけを向いて、振り返ってはいけないこと。
遠藤主任の件は、きちんと受け止めて行こう。そう思えるようになったのは、今回のことで少しだけ前に進めたのかな?
「どうした? 何か、あるのか?」
「いえ……あっ。あの、お聞きしたいことがあるんですが」
「何?」
高橋さんは、考課表の書類の上司欄のところに自分の名前を左手で書きながら顔をあげた。
「昨日、何か通達のメールを出しましたか?」
「通達のメール?」
高橋さんが、左手に持っていたボールペンをクルッと指先で一回転させた。
「はい。今朝、エレベーターホールで何人かの人の話しているのが聞こえたんですけれど、昨日付で高橋さんの名前で出しているみたいなニュアンスのことを言っていたのですが……」
「ああ……」
高橋さんが一呼吸置くように、目を瞑りながら口を固く結んだ。
何? 
どうしたの?
「悪いが、矢島さんには関係ないことだ」
エッ……。
「それじゃ、他になければ終わりにしよう」
「えっ? あっ……はい」
いきなり会話を終わらせると、高橋さんが立ち上がってしまった。
「あの……ちょ、ちょっと、待って下さい」
うっ。
高橋さんが無言でこちらを見たが、その瞳が心なしか鋭く感じられる。
そんな瞳で見られてしまうと、何も言えなくなってしまう。でも、やっぱり気になる。
「私には関係ないって、その……どういうこと……ですか?」
何となく、こちらが悪いような後ろめたいような感じがして、声も小さくなってしまった。
「言った通りだ。矢島さんには、関係ない」
そんな……。
「それと、今日、先に帰るなよ」
高橋さんがドアの方へと向かいながらそう告げた。
「えっ? あっ、はい」
高橋さんは振り返りもせず、そのまま会議室から出ていってしまった。
私には関係ないって、いったい……。一部の人達が話していた、あのメールは何なの?
メールのことは何も分からないまま会議室から戻って席に着くと、高橋さんは中原さんと私の考課表を提出しに直ぐに人事に行ってしまった。
いったい、あのメールは何なんだろう?
「そうだ。矢島さん。さっきの高橋さんの通達の件、分かった?」
「えっ? あ、あの、それは……」
「あれ? 聞かなかったの?」
中原さんが、意外だと言わんばかりの表情をしながらこちらを見ている。
「それが……。高橋さんに、伺ったんですけれど……」
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