新そよ風に乗って 〜焦心〜
「でもさ……」
珍しく、まゆみが言い掛けて止めた。
「でも、何?」
何となく気になって聞いたつもりだったが、何故か、まゆみは真剣な表情に変わって私を見ていた。
「ハイブリッジと陽子。社内で、噂になってること知ってる?」
噂?
噂って、何?
小声でまゆみの言った言葉の意味がよく分からないまま、噂という一文字が頭の中をぐるぐる巡りながら高橋さんの顔が浮かんだ。
でも、噂になるようなことは……ないはずなのに。何故?
「ま、まゆみ。それって、誰から聞いたの? 誰が言ってるの?」
足がガクガク震えているのが分かり、泣きそうになりながら、思わず両手を胸の前でギュッと組みながらまゆみに聞いた。
「うーん……。去年の12月中旬ぐらいだったかなあ。ちらほらそんな噂を耳にするようになってさ。情報源は、どうも国内支店担当の紺野女史あたりなんだけど、ハイブリッジと陽子がよく一緒に車で帰ってるだの、怪しいだの、何だのかんだのいろいろ言ってるらしいんだわ。ああ、嫌だ、嫌だ。女の嫉妬は、見苦しい」
「紺野さんが?」
国内支店担当の紺野さん。その紺野さんが、あの社内旅行以来、どうも苦手な私だったりする。
でも……。
怪しい?
高橋さんと私が?
だって、同じ担当だから一緒に帰ることだって、他の担当の人より多いのは、ごく普通のことで……。それに、脚を怪我した時は、確かに車で送ってもらったことも多かったけれど、いつも高橋さんと一緒に車で帰っているわけじゃない。残業で遅くなった時や、ご飯を食べて帰る時等は送ってもらうこともあるけれど、中原さんが一緒の時だってあるのに……。
「とにかく! 別に悪いことをしてるわけじゃないんだから、陽子は堂々としていなさいよ? 絶対、僻み根性丸出しなんだから。あの連中は」
「うん……」
やっぱり高橋さんは、モテるから仕方がないのかな?
「まあ……噂になるってことは、ハイブリッジとそれだけ一緒に居る時間が長いから言われるってこともあるからでしょう? だとしたら、ハイブリッジとのことを進展させるには絶好のチャンスってことよ。だから、頑張りなさいよ。陽子」
頑張りなさいよって、言われても……。
「でも……」
「でもじゃない。分かりました、まゆみ様。なぁんてね」
まゆみ……。
あまりリラックス出来る話の内容ではなかったけれど、まゆみと年明け直ぐに会えて話が出来て良かった。
事務所に戻ると、年末でペンディングになっていた書類が一気に廻ってきたらしく、私の机の上にも午前中には1つしかなかった書類の山がもう1つ出来ていて、先ほどまゆみから聞いた噂話のことを思い返す時間もなかった。
しかし、夕方、部署ごとに項目別の振り分けをしていると、紺野さんが書類を持って事務所に入って来たのがその声で分かった。
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