新そよ風に乗って 〜焦心〜
「じゃあ、1000円を握りしめてくれてた女子のそのお金も足してカラオケしましょう」
そう言うと、柏木さんが1000円を女子5人から受け取って二次会のカラオケに向かうと、ちょうど部屋が空いたところで直ぐに入れた。
「それじゃ、どんどん入れちゃうよぉ」
紀子さんと青木さんがノリノリで操作を始めると、マイクを持って早速歌い出した。
曲が掛かり出すと、他の人達もテンションが高くなっているのが分かる。
みんな凄いな。圧倒されて、その光景を見ながらみんなの歌を聴くのが精一杯。
「矢島さん。歌わないの?」
大音量なので柏木さんが耳元で話し掛けてくれたが、首を横に振ると柏木さんは無理矢理勧めることはせずに頷きながら微笑んでくれた。
「誰? この曲入れたの」
紀子さんが、鼻息荒くマイクで叫んだ。
「福山じゃん。俺、俺」
「何だ、青木かよ」
みんなから、青木さんはブーイングを浴びている。
「それじゃ、福山雅夏(マサカ)の桜山を歌っちゃいまーす。みんな、泣くなよお」
「誰が泣くか」
柏木さん?
ボソッと言った柏木さんの声が聞こえてしまい、思わず隣に座っていた柏木さんを見た。
「あっ。聞こえてた?」
「あの、いえ、その……」
「どう間違ったって、福山雅夏と似ても似つかないだろ」
「アハハッ……」
柏木さんの独り言のような言葉に思わず吹き出してしまい、慌てて口を押さえた。
「やっと、笑ったね」
エッ……。
「ずっと、来た時から寂しそうな目をしてたから、気になってたんだ」
柏木さん。
「あの……」
柏木さんの思いも寄らない指摘に、どう返事をしていいのか分からなかった。
「ああ、大丈夫。安心して。俺、彼女居るし、別に下心あってこんなこと言ってるわけじゃないから」
「柏木さん……」
微笑みながらそう言ってくれた柏木さんの瞳は、とても優しそうで何処となく雰囲気が少し高橋さんに似ているように見えた。だけど、高橋さんとはやっぱり違って……。
「何か、悩み事でもあるの? 良かったら、聞くよぉ?」
「い、いえ……」
悩み事なんかじゃない。悩みだったら、何時かは解決する。だけど……あっ……。
もしかしたら、高橋さんとのことも時が解決してくれる? 今は辛くても、時が……。
「素性も知らない、会ったばかりの俺に言えるはずもないよな。だけど、お互い素性も知らないからこそ、客観的に言えるってこともあるんだけどさ」
< 56 / 247 >

この作品をシェア

pagetop