新そよ風に乗って 〜焦心〜
『言わなければ、伝わらない。特に、電話だとな』
柏木さんが言ってくれたことで、高橋さんの言葉が思い出された。
こんな時でも、ふとしたきっかけで高橋さんを思い出してしまうなんて、まだまだ駄目だ。
「言いたくないことは分かったから、そんなに首を振らなくてもいいよ」
「えっ? あっ、い、いえ、そうじゃないんです。ごめんなさい。すみません、私……」
高橋さんのことを思い出してしまい、勝手に首を振っていたようだ。柏木さんに、悪いことをしてしまった。
「謝ることないよ」
ああ、まただ。
同じような台詞を高橋さんも言っていたことがあったから、どうしても被って思い出してしまう。
「柏木さん。せっかくの飲み会なのに、不愉快な思いをさせてしまったみたいで、ごめんなさい。気に掛けて下さって、嬉しかったです。ありがとうございます」
「全然。それより、同期なんだから敬語じゃなくていいよ」
「あっ、はい。あの、ちょっと、トイレに行ってきます」
「了解」
何だか、せっかく心配してくれた柏木さんに申し訳なくて、居たたまれなくなってトイレに向かった。
トイレの鏡に映る自分の姿を見て、改めて柏木さんに指摘された瞳を見たが、自分では何も分からない。
気をつけよう。それに、もう帰ろう。
そう言い聞かせて部屋に戻り、まゆみに先に帰る旨を伝えた。
「先に帰るけど、ごめんね。此処のお金、私の分、立て替えておいてくれる? まゆみは、まだまだ楽しんでね」
「ええっ? もう帰っちゃうの?」
「うん。ごめんね」
「残念だな。分かった。気をつけて帰ってね」
「うん。ありがとう。それじゃ、おやすみなさい」
まゆみに断って、周りの人にあまり気づかれないように部屋を出ると、部屋の中の大音量から解放されて少しホッとした気分になった。
お店を出て、改めて1月の夜の寒さに慌ててスヌードと手袋をバッグから出してしていると、不意に肩を叩かれた。
誰?
驚いて振り返ると、柏木さんが立っていた。
「柏木さん。どうしたんですか?」
「駅まで、送るよ」
「えっ? 大丈夫ですよ。もう、直ぐそこですから。せっかく盛り上がっているんですから、戻って下さい。柏木さん」
「しつこくて、ごめんね。でも、多分、もっとしつこい奴が登……」
「待ってくれよ」
ハッ?
待ってって……。
「矢島さん。もう帰っちゃうの?」
青木さん。
「はい。すみません。途中で」
「家、遠いの?」
「家は、あの……」
此処から、そんなに遠い距離ではない。だけど……。
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