新そよ風に乗って 〜焦心〜
「そうだ。中原。これ、欲しがってたよな? ちょうど、あったから買ってきた」
「俺にですか? これ、欲しかったんですよ。こっちじゃ、このシリーズ売ってなくて。すいません、忙しいのにわざわざ買ってきて頂いて。幾らですか?」
「ああ、いいよ」
「でも、それじゃ……」
「正直、金額覚えてない。日本円にしても、何百円の世界だから構わない」
「ありがとうございます。早速、帰ったら付けます」
中原さんは、高橋さんからジビッツのお土産を貰ったみたいで嬉しそう。中原さんの嬉しそうな顔を見ていると、こっちまで嬉しくなっちゃう。
徐々に、慣れていこう。今直ぐは無理でも、高橋さんの部下に徹することに。
30日ということもあって月末処理に追われ、高橋さんが帰ってきたけれど、残業になってしまい、会社を出るのがだいぶ遅くなっていた。
「すいません。ちょっと、一足お先にあがります。高橋さん。鍵よろしくお願いします」
「分かった。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
中原さんが珍しく一足先にあがって、高橋さんと2人だけになってしまった。
後、書類2枚で終わるから、頑張って終わらせて早く帰ろうと思い、処理を終えると急いで帰り支度をして席を立った。
「すみません。お先に失礼します」
「終わった?」
「はい」
「じゃあ、そろそろ帰るか」
嘘。
高橋さんと一緒に、下まで行くのは嫌だな。
「お、お疲れ様でした。お先に失礼します」
「お疲れ様」
バッグとコートを持って急いで事務所を出てIDカードをスリットさせると、ボタンを押してエレベーターが来るのを待った。
高橋さんと一緒にエレベーターに乗りたくなかった。何を話していいのか、どう振る舞えばいいのか、今はまだ落ち着いて考えられない。
「矢島さん」
警備本部でバッグの中身を見せて、急いで出ようとしたところで呼び止められた。
でも、それは高橋さんの声じゃなくて……。
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