温室の魔女は、今日も僕をアフタヌーンティーに誘う〜今宵、因縁の君と甘いワルツを〜
二件目の依頼
僕には好きな人がいる。
僕の好きな人――雫さんは、魔女だ。そして僕のクラスメイトでもあり、願い屋七つ星という人々の願いを叶える特殊な店を営んでいる。
僕と雫さんは今、夢欠区の高層タワーの七十階にある海獣カフェにいる。
今日はその願い屋七つ星に二件の依頼があり、依頼人から話を聞くためにここで待ち合わせをした。
雫さんは、一件目の依頼を話を聞いた結果受けることを決め、今は二人目の依頼人との待ち合わせ時間まで、海獣カフェで時間を潰しているところだ。
「次はなにを食べようかなぁー」
雫さんは僕と水槽を見て回りながら、幸せそうに言った。
「雫さん、もしかしてまた食べるつもりなの?」
「え? なに言ってるの、当たり前でしょー? ムギちゃんせっかく来たのにもう食べないつもりなの?」
信じられない、と雫さんは元々大きな瞳をさらに見開く。とはいえその顔は、どちらかと言えば僕の方がしたいのだけれど。
「僕今も結構おなかいっぱいだよ?」
「それなら私がムギちゃんの分も食べてあげよう」
「それ本気? 雫さんてば、その細っこい体でよく入るね」
「スイーツは魔女の栄養素にはならないのですよ、ムギちゃん」
えっへんと胸を張って言う彼女の表情は、とても嘘くさい。
「それに席も取っておいてもらってるんだし、なにか注文しなきゃ悪いでしょ? エチケットですよ、これは」
「……まあ、たしかにそれはそうなんだけど」
こんなときばかり至極真っ当なことを言う。
「あっ、ねぇムギちゃん! あれはなに?」
僕に車椅子を押されるまま、水槽を見ていた雫さんが弾んだ声を上げた。
視線の先には毛むくじゃらの生き物がぷかぷか海面を浮いている。
「あれはラッコだよ。お腹の石で貝とかを割って食べる海の生き物なの」
「へぇーラッコかあ。ぷかぷかしてて可愛いねぇー……」
雫さんはうっとりとした様子で、漂うラッコを見つめていた。
そして、二人目の依頼人との待ち合わせ時間になり、僕たちは席に戻った。
待ち合わせ時間より五分ほど早くやってきたのは、二十代くらいの女性だった。
女性は僕たちの席に来ると、「お手紙を出した信濃結衣です、こんにちは」と名乗り、丁寧に腰を折った。
結衣さんは茶髪の髪をボブにした色白の女の人だった。髪はびっくりするくらいにつやつやしていて、雫さん以上に綺麗な髪の人を見たことがなかった僕は、正直驚いた。
僕たちは紅茶を三つと、雫さんがラッコのオヤスミダッチベイビーを頼むと、早速依頼の話へ話を切り替えた。
「――それでは結衣さん。あなたの願いはなんですか?」
雫さんの真っ直ぐな視線に、結衣さんは少しだけ瞳を揺らし、言った。
「……私、病気なんです」
その瞬間、僕は息を呑む。
「治らない病気で、余命宣告も受けてます。もってあと、半年だって」
「……そうでしたか」
雫さんは視線を落としながらも、彼女の次の言葉を待った。
なるほど、艶がありすぎると思った髪は、どうやらウィッグだったらしい。
「……私、ずっと付き合っていた人からプロポーズされて、ひと月前に結婚したんです」
「それは、おめでとうございます」
雫さんが微笑んで祝いの言葉を述べると、結衣さんは曖昧に笑って礼を言った。
「ありがとう。でも、だからこそやっぱり死にたくなくて……。私に残っているのは、もうあなたに頼ることくらいしかないんです」
僕は動揺した。紗月さんの願いごととは測れないほど、この人の願いは重い。
……雫さんは、一体どうするんだろう。
そもそも今の医学で治せないほどの重い病気を、雫さんに治すことができるのだろうか。
いくら魔女とはいえ……それに治せたとして、その場合、対価は――……。
「あなたに願いごとをする場合、対価が必要なことは知ってます。私に渡せるものならなんでも差し上げます。だからどうか、お願いします。どうか、私の病気を治して」
そう言って、結衣さんは深く頭を下げた。
僕だって、余命幾ばくもない彼女に対してできることがあるのなら、なんでもしてあげたいと思ってしまう。
けれど、けれどこれは――。
「分かりました」
雫さんはゆっくりと、しかしたしかに頷いた。
「えっ!? 雫さん、できるの? 本当に結衣さんの病気治せるの?」
半信半疑で訊ねたのに、雫さんはあっさりと頷いた。
「うん。できるよ」
「マジか……」
彼女に不可能はないのだろうか。
「本当? 私、まだ生きられるの?」
結衣さんは瞳を見開いて雫さんを見た。彼女の瞳には希望の光がありありと見える。
「但し、対価をくだされば」
「あげるわ。なんでも。なにをあげればいい?」
前のめりに訊ねる結衣さんに、雫さんは冷酷に告げた。