温室の魔女は、今日も僕をアフタヌーンティーに誘う〜今宵、因縁の君と甘いワルツを〜

山の上のカフェ


 そして約束の週末、僕と雫さんは唐草区にある標高五千メートルほどの国内三番目の高さを誇る美鶴山(みつるやま)へやってきた。

 美鶴山の五合目までは電車が通っており、軽装でも気軽に行くことが出来るのだ。

「凄い眺めだね! 私、山に登るの初めてだよ」
「まあ、登ったっていっても、登山とはちょっと違うけどね」

 僕たちは流れゆく景色を楽しみながら、五合目駅のすぐ目の前にある古民家カフェへやってきた。今回はここで依頼人と待ち合わせなのだ。

 雫さんは、今日ももちろん白色と茶色のワンピース。けれどいつもと一つだけ違うのは、赤いフード付きケープのフードを被っていることだ。その姿はさながら赤ずきんちゃん。

 その姿のなんて可愛らしいことか。まったく、雫さんには困ってしまう。余所の男どもが見てるじゃないか。ちっ、この格好はできれば二人きりのとき限定にしてほしかった。

「上の方はやっぱり寒いんだねー」
 雫さんは嫉妬と独占欲を顔にむき出しにする僕にはまったく気付く素振りもなく、無邪気にくるりと僕を振り返って笑った。
「……そ、そうだね」
 僕は、雫さんの小さな体を収めた純白の車椅子を押しながら、事前に調べておいたカフェのオススメを伝える。

「ここは雲霞(くもかすみ)パフェっていうのがイチオシらしいよ、雫さん」
「クモカスミ?」

 雫さんは、さらりとした黒髪を揺らしながら、僕を振り返った。その図はさながら見返り美人図そのまんま。

「うん。山にかかった雲をイメージしたパフェなんだって。綿菓子に色と味がついてるみたいだよ」
「なにそれ、美味しそう! じゃあそれ頼む! ムギちゃんは?」
「僕はアイスティーにしようかな。あ、それからチョコスフレも有名みたいだけど」

 思い出したように言うと、雫さんの瞳にキラキラと星が瞬く。
「チョコスフレ!?」
 彼女の視線には、明確な意図がある。
「……僕が頼んで、シェアしようか」
「うん!!」

 相変わらずだなぁと思いながらも、雫さんに甘々な僕は、結局彼女の言う通りにしてしまう。

 致し方ない。これは惚れた弱みというやつだ。

 そして約束の十時きっかりに、その男性はやってきた。
 事前に僕たちの特徴は伝えてあったので、彼は店内で僕たちに気がつくと、小さく頭を下げた。

 僕たちは紅茶三つとパフェ、そしてチョコスフレを注文する。
 店員が去ると、向かいに座った依頼人が口火を切った。

「僕の名前は南塚晴(みなみづかはる)と言います。二十四歳、この山の四合目にある美鶴山大学の文学部に通う学生です」
「初めまして。英雫です。私が願い屋七つ星の管理人で、こちらはお手伝いのムギちゃんです」

 今回の依頼人、南塚さんはまぁまぁイケメンだが、うん、僕の敵じゃないな。

 南塚さんは驚くほど細く、とても運動などしていなさそうな体付きをしていた。よくこんな酸素の薄い山で勉強ができるものだ。

 綺麗な二重瞼だが、なんだか異様にギラついているし、唇も厚め。
 その体格とはミスマッチな迫力のある濃い顔の男だ。

 ……それにだ。なんていうか、老け顔?
 正直二十四歳には見えない。

 僕は挨拶をそっちのけで南塚さんの品定めをしていた。

「ムギちゃん。そんなにじっと見たら失礼でしょ。早く挨拶」
 雫さんの声に、ハッと我に返る。
 僕は慌てて頭を下げた。

「すみません。綿帽子紬です」
「いえ……」
 南塚さんは怒ることもなく、優しげな笑みを返してくれる。
 僕はホッとして南塚さんを見つめた。

「それで、今回あなたの願いごとというのは」
「はい。実は、祖母を探してほしいのです」
「南塚さんのお祖母様……ですか?」
 雫さんは驚いたように南塚さんを見た。そして、なにやら考え込む。

「お祖母様は行方不明なのですか?」
 考え込んでいる雫さんの代わりに、僕が訊ねてみる。すると、南塚さんはふるふると首を振った。

「実は、祖母とは一度も会ったことがないんです。僕の母は幼い頃、祖母に捨てられました。だから母は祖母を嫌っていて、最期まで話をしてくれなかったんです。でも、唯一の肉親だった母が死んで、僕は天涯孤独になりました。だからもし祖母が生きているならどんな人なのか、一度でいいから会ってみたいんです」

 彼は悲しそうに目を伏せ、言った。

「そうでしたか……」

 すると雫さんは、
「お祖母様のお名前は?」

草間有美(くさまゆみ)です。年齢も写真も、名前以外のことはなに一つ知らないんです。それでも探せますか?」

 南塚さんは、申し訳なさそうに訊ねる。

「勿論、大丈夫ですよ。ただし、対価をいただくことになります。願いごとの重さと同じだけの対価。それは、こちらで決めさせていただくことになりますが……今回は、単純にお金で。後であなたの住所に請求書をお送りしますね」

 雫さんは凛とした笑顔を浮かべ、南塚さんを見ながら条件を伝える。対して南塚さんは、表情を引き締め、それも承知だというようにまっすぐに雫さんを見つめていた。

「それでもよろしければ、あなたの願いごとを叶えましょう」

 僕はそのとき、少しだけホッとした。
 また雫さんは、依頼人にとんでもないものを対価として請求するのではないかと思っていたから。

 今日この瞬間が、少しだけ怖かったのだ。僕は胸を撫で下ろし、邪魔にならないように静かに二人のことを見守った。

 しばらく沈黙が落ちた後、南塚さんがこくりと頷く。
「かまいません。どうか、お願いします」

 雫さんの整った唇が、柔らかく弧を描く。

「確認しますが、草間有美さんの居場所を探すだけでいいんですね?」
「はい。それだけで、いいです」
「分かりました」

 雫さんは指を鳴らし、時を止める。そして現れた短冊と蝶。
 南塚さんはハッとしたように辺りを見ていた。雫さんの魔法に驚いているようだ。

 しかし、雫さんはそんな南塚さんの様子には構わず、
「ここに、あなたの願いごとを。あ、お祖母様のことは名前で書いてくださいね」
「分かりました」

 南塚さんは、緑色の短冊に願いごとを書き込む。

 そっと覗き込むと、短冊にはこう書かれていた。
『草間有美の居場所を教えて』

 願いごとを書き終わると、雫さんの肩にいた蝶が音もなく短冊に止まり、ふわりと消えていった。

 そして、直後空中に茶封筒が現れた。雫さんはそれをそっと掴み、南塚さんへ差し出す。

「ここに、草間有美さんの所在の情報が載っています」
「……ありがとうございます」

 雫さんは慣れたように言うと指を再び鳴らし、時の流れを戻した。
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