温室の魔女は、今日も僕をアフタヌーンティーに誘う〜今宵、因縁の君と甘いワルツを〜
カラードール
雫さんは僕を悲しそうに見つめ、なにかを言いかけた。
けれど一度口を噤み、少しだけ暗くなってしまった空気を引き裂くように、明るい声を出した。
「ささっ、ムギちゃん! 涼んだところでティータイムにしよーよ」
「……そうだね。あ、こまる。お前にもひまわりの種持ってきたんだよ」
「きゅっ」
僕はご苦労、とでも言っていそうなこまるを抱いたまま、すくっと起き上がる。
「ムーギちゃん。ケーキケーキ!」
「はいはい。さ、ティータイムですね」
「ティータイムですね、ムギちゃん」
雫さんが指を鳴らしたのを合図に、もくもくと白く冷たい靄に包まれた温室で、僕たちの放課後が始まる。
「そういえば、昨日までテストだったんでしょ? どうだった?」
雫さんは丸く輪切りになったロールケーキを小さく切って口に運びながら、僕を見た。
「あー……ハハハ」
そう。昨日まで、夏休み前最後の期末テストだった。花籠学園は成績にかなり厳しい。
寮の部屋は上階から成績順になっているし、クラス分けも黒、紅、青、黄、白、緑、花ですべてテストの成績によって分けられる。そのため、花籠学園ではテストのたびにクラスが変わるのが特徴だ。
僕と雫さんのクラスは、今は紅。
そしてそのことを問われた僕はといえば、
「……聞かないで」
そっと目を逸らす。
「おや。もしかしてムギちゃんって、勉強苦手? 紅って、なかなかのトップクラスなはずだけど」
雫さんは意外そうに、大きな瞳をさらに大きくさせて驚く。
「……うん、まぁ、得意ではないし好きでもないね」
「あらら。まさか、それじゃ夏休みは補習とか? というか、青に落ちそうな感じ?」
雫さんは口に手を当てて僕を見る。
その姿はとても可愛らしい。
あ、これはいいショット。写真に撮りたい。
……って、違う違う。
「いや、そこまでじゃないよ。さすがに赤点はなかったし、落第するほどじゃないと思うから安心して」
「そっか。じゃあ夏休み明けも一応クラスメイトだね」
そう言って雫さんは、整った顔をくしゃりとさせて笑った。つられて僕の頬も緩む。
そして、
「雫さんこそ一応ここの学生でしょ? テストとか単位とか、どうしてるの?」
ずっと気になっていたことをちょいと聞いてみる。すると、雫さんはやれやれと呆れたように肩を竦めた。
「分かってないなぁ、ムギちゃんは」
その仕草は若干イラッとするけれど、可愛いから許そう。というか、口の端にクリーム。
僕は、はぁとため息をつきながら、ナプキンで彼女の口についたクリームを拭ってやる。雫さんはされるがままだ。
「……む。ムギちゃん、私は魔女なのですよ。テストなんてやったとしても、時を止めてカンニングしてすべて満点。意味ないよ」
「……それ、自分で言う?」
「ま、実際には理事長権限で全部顔パスです。一応一番上の黒に入るとなんやかんや言われそうだから、二番目の紅にしたの」
「職権乱用甚だしいね」
ニヤリと笑うその表情は、童顔の彼女にはどうも似合わなくて、僕はおかしくてくすりと笑ってしまう。
「それにクラス分けのとき、三日月から貰った名簿に君の名前もあったし……」
「え? なんか言った?」
僕は早口で呟いた雫さんの声を聞き取れず、聞き返す。しかし、雫さんは誤魔化すように目を逸らし、「なんでもない」と言ってロールケーキをぱくりと食べた。
そしてまた口にクリーム。まったく。
「それよりも! 夏休みになった最初の週末、空いてる?」と、雫さんがフォークを咥えながら訊ねてくる。
その瞬間、僕の胸と声が弾む。
「空いてる! なになに? どっか行く?」
まさか雫さんからデートに誘ってくれるなんて。僕はすぐに返事をした。
「ジャーン! 見てみて!」
雫さんはなにやら嬉しそうに、僕の目の前に長方形の紙を一枚出した。
「カラードール、スペシャルスペースコンサート……?」
「そう! 今人気の幼馴染男女二人組の歌手、カラードール! ムギちゃん知らない?」
そういえば、テレビの音楽番組でよくそんな名前の二人組を見かけた気がしなくもない。
「んー……なんとなく?」
どちらも十代後半くらいの美男美女で幼馴染らしく、男の方がクロ、女の方がモモといったか。
とある番組で司会者からカップルなのかと問われていたが、付き合ってはいないと話していた気がする。
「……カラードール、雫さん好きだったの?」
彼女の部屋にもテレビがあるのだろうか。というか、雫さんは夜はいつもどこにいるんだろう。
「うん! 実は昨日ね、モモの方から依頼の手紙と一緒にチケットが送られてきました!」
「依頼ってことはじゃあ、この会場で話を聞くってこと? しかもこの会場、この間完成したばかりのスペースグラウンドの大ホールだよ」
「そうなんだよー。早速宇宙エレベーターに乗れるなんて、ラッキー過ぎない?」
宇宙エレベーターとは、透鏡都上空の宇宙空間に浮かぶ大型施設『スペースグラウンド』へ続くエレベーターだ。世界最速と言われていて、地上から宇宙にある施設まで到達するのにかかる時間は約五分。
「このチケット一枚で二人まで行けるんだって! その日三日月は総会が入ってるって断られちゃって。一人で行くのもつまらないし、ムギちゃんさえ良かったら……」
雫さんが言い終わる前に、僕は食いついた。
「行く! 絶対行かせてください!!」
ちょっとだけ、僕より先に理事長を誘ったところは面白くなかったけれど、でも雫さんと出かけられるなら、結果オーライだ。
けれど一度口を噤み、少しだけ暗くなってしまった空気を引き裂くように、明るい声を出した。
「ささっ、ムギちゃん! 涼んだところでティータイムにしよーよ」
「……そうだね。あ、こまる。お前にもひまわりの種持ってきたんだよ」
「きゅっ」
僕はご苦労、とでも言っていそうなこまるを抱いたまま、すくっと起き上がる。
「ムーギちゃん。ケーキケーキ!」
「はいはい。さ、ティータイムですね」
「ティータイムですね、ムギちゃん」
雫さんが指を鳴らしたのを合図に、もくもくと白く冷たい靄に包まれた温室で、僕たちの放課後が始まる。
「そういえば、昨日までテストだったんでしょ? どうだった?」
雫さんは丸く輪切りになったロールケーキを小さく切って口に運びながら、僕を見た。
「あー……ハハハ」
そう。昨日まで、夏休み前最後の期末テストだった。花籠学園は成績にかなり厳しい。
寮の部屋は上階から成績順になっているし、クラス分けも黒、紅、青、黄、白、緑、花ですべてテストの成績によって分けられる。そのため、花籠学園ではテストのたびにクラスが変わるのが特徴だ。
僕と雫さんのクラスは、今は紅。
そしてそのことを問われた僕はといえば、
「……聞かないで」
そっと目を逸らす。
「おや。もしかしてムギちゃんって、勉強苦手? 紅って、なかなかのトップクラスなはずだけど」
雫さんは意外そうに、大きな瞳をさらに大きくさせて驚く。
「……うん、まぁ、得意ではないし好きでもないね」
「あらら。まさか、それじゃ夏休みは補習とか? というか、青に落ちそうな感じ?」
雫さんは口に手を当てて僕を見る。
その姿はとても可愛らしい。
あ、これはいいショット。写真に撮りたい。
……って、違う違う。
「いや、そこまでじゃないよ。さすがに赤点はなかったし、落第するほどじゃないと思うから安心して」
「そっか。じゃあ夏休み明けも一応クラスメイトだね」
そう言って雫さんは、整った顔をくしゃりとさせて笑った。つられて僕の頬も緩む。
そして、
「雫さんこそ一応ここの学生でしょ? テストとか単位とか、どうしてるの?」
ずっと気になっていたことをちょいと聞いてみる。すると、雫さんはやれやれと呆れたように肩を竦めた。
「分かってないなぁ、ムギちゃんは」
その仕草は若干イラッとするけれど、可愛いから許そう。というか、口の端にクリーム。
僕は、はぁとため息をつきながら、ナプキンで彼女の口についたクリームを拭ってやる。雫さんはされるがままだ。
「……む。ムギちゃん、私は魔女なのですよ。テストなんてやったとしても、時を止めてカンニングしてすべて満点。意味ないよ」
「……それ、自分で言う?」
「ま、実際には理事長権限で全部顔パスです。一応一番上の黒に入るとなんやかんや言われそうだから、二番目の紅にしたの」
「職権乱用甚だしいね」
ニヤリと笑うその表情は、童顔の彼女にはどうも似合わなくて、僕はおかしくてくすりと笑ってしまう。
「それにクラス分けのとき、三日月から貰った名簿に君の名前もあったし……」
「え? なんか言った?」
僕は早口で呟いた雫さんの声を聞き取れず、聞き返す。しかし、雫さんは誤魔化すように目を逸らし、「なんでもない」と言ってロールケーキをぱくりと食べた。
そしてまた口にクリーム。まったく。
「それよりも! 夏休みになった最初の週末、空いてる?」と、雫さんがフォークを咥えながら訊ねてくる。
その瞬間、僕の胸と声が弾む。
「空いてる! なになに? どっか行く?」
まさか雫さんからデートに誘ってくれるなんて。僕はすぐに返事をした。
「ジャーン! 見てみて!」
雫さんはなにやら嬉しそうに、僕の目の前に長方形の紙を一枚出した。
「カラードール、スペシャルスペースコンサート……?」
「そう! 今人気の幼馴染男女二人組の歌手、カラードール! ムギちゃん知らない?」
そういえば、テレビの音楽番組でよくそんな名前の二人組を見かけた気がしなくもない。
「んー……なんとなく?」
どちらも十代後半くらいの美男美女で幼馴染らしく、男の方がクロ、女の方がモモといったか。
とある番組で司会者からカップルなのかと問われていたが、付き合ってはいないと話していた気がする。
「……カラードール、雫さん好きだったの?」
彼女の部屋にもテレビがあるのだろうか。というか、雫さんは夜はいつもどこにいるんだろう。
「うん! 実は昨日ね、モモの方から依頼の手紙と一緒にチケットが送られてきました!」
「依頼ってことはじゃあ、この会場で話を聞くってこと? しかもこの会場、この間完成したばかりのスペースグラウンドの大ホールだよ」
「そうなんだよー。早速宇宙エレベーターに乗れるなんて、ラッキー過ぎない?」
宇宙エレベーターとは、透鏡都上空の宇宙空間に浮かぶ大型施設『スペースグラウンド』へ続くエレベーターだ。世界最速と言われていて、地上から宇宙にある施設まで到達するのにかかる時間は約五分。
「このチケット一枚で二人まで行けるんだって! その日三日月は総会が入ってるって断られちゃって。一人で行くのもつまらないし、ムギちゃんさえ良かったら……」
雫さんが言い終わる前に、僕は食いついた。
「行く! 絶対行かせてください!!」
ちょっとだけ、僕より先に理事長を誘ったところは面白くなかったけれど、でも雫さんと出かけられるなら、結果オーライだ。