温室の魔女は、今日も僕をアフタヌーンティーに誘う〜今宵、因縁の君と甘いワルツを〜

花を摘む


 ――僕は、雫さんが好きだ。大好きだ。

 さらりと揺れる漆黒の艶髪も、その髪から香る柔らかいシャンプーの香りも、ぱちぱちと瞬く長い睫毛も。

 細くて白い指は割れ物のようにひんやりと儚くて、僕が両手で包み込んで温めてあげたくなる。

 僕を呼ぶその声に、何度胸が鳴っただろう。
 赤い唇から紡がれる、甘い甘い蜂蜜のような君の声に。

 温室へ行くと、雫さんは純白の車椅子に体を預けてうたた寝をしていた。

 すぅすぅと、形のいい唇から可愛らしい息遣いが聞こえてくる。

「雫さん……」

 ほんのりと桃色が乗ったその頬に触れると、雫さんが微かに身動ぎをした。

 起こしてしまったかなと、慌てて手を引っこめる。
 しかし、雫さんは深い眠りに落ちているようで、その瞳が開くことはなかった。

 僕はホッと息を吐き、カフェテーブルを振り返る。

 カフェテーブルの上にあるのは、雫さんの大好物のマカロンが詰まったバスケットと、小さな小瓶。
 可愛らしい赤い硝子でできたその小瓶に詰まっているのは、彼女の息の根を止める毒。

 今なら、やれる。一緒に持ってきたマカロンに、これをたったの一滴垂らせばいいだけ。

 この人は、僕の好きな人かもしれない。でも、同時に兄を殺した残忍な魔女だ。

 両親は兄がいなくなってとても苦しんだ。

 思い出すことすら辛くて、いつしか綿帽子の家から、『兄』はいなくなった。

 僕は一人っ子として、両親にとても大事にされた。
 兄は殺されたんだ。魔女に。だから、魔女は狩らないといけない。

 小瓶を手に取る。中には透明な水のような毒。
 僕は、小瓶の蓋を開けた。

 震える手で、マカロンの上に雫を落とした――。

「――ムギちゃん? どうしたの?」

 雫さんが僕を不思議そうに見上げる。突然呼ばれた名前に、僕は慌てて笑みを取り繕う。

「なんでもないよ。それよりほら、食べよう。今日は雫さんの大好きなマカロンを持ってきたから」
「やった! マカロン!」

 雫さんは声を弾ませ、バスケットの中のカラフルなスイーツをひとつ、手に取った。

 雫さんが選んだのは白いマカロン。続けて、僕も赤いマカロンを手に取る。

 大丈夫。君が逝くのを見届けたら、僕も後を追うから……。
 そして雫さんは、ぱくりとマカロンを食べた。
< 43 / 58 >

この作品をシェア

pagetop