温室の魔女は、今日も僕をアフタヌーンティーに誘う〜今宵、因縁の君と甘いワルツを〜
紬の願い
「僕は……僕の願いは、雫さんを自由にすること。雫さんが、対価を必要としなくて良くなるように。なに不自由なく、普通の女の子として過ごせるように」
僕は目を伏せる。オレンジ色に染まっていた視界が瞼の裏に見えた。とても、悲しい色に思えた。
「いいだろう。では、その対価は君の寿命だ。雫が生きれば生きるほど、君の寿命は減っていく。どうだ? ひどく運命的だろう?」
これは、償い。そして、僕の罪。
「さあ、どうする?」
覚悟はできた。ゆっくりと目を開く。
「……いいよ。それでも、いい。だから、雫さんを自由にしてあげて」
アゲハさんは馬鹿にするように笑うと、僕に手をかざす。僕はすべてを差し出すように目を閉じた。
「もう一度聞く。本当にいいんだな?」
「いいよ」
僕はもう一度、しっかりと頷いた。そして、漆黒のレースが僕を包み込む――。
「……フッ」
唐突に、アゲハさんは笑った。その瞬間、漆黒のレースが散っていく。
僕は訳が分からず、苦笑したアゲハさんを見る。
「気が変わった。……まったく、君たちは本物のバカだよ。お互いのために、何度その命を差し出す気なの?」
「えっ……」
呆れたような声。雫さんより少し低いけれど、それはたしかに彼女の声で。少しだけ、温かみを帯びていた。
僕の頬に触れていた手の温もりが消える。
「朝になれば、雫が目覚める。そうしたらすぐにその宝石を飲ませろ。そうすれば、雫は生きられる。但し、これからも対価は必要だ。君が嫌いな対価を、雫はこれからももらい続けて生きていくしかない。それでもいいなら、だよ」
アゲハさんは素っ気なく言い、僕に背を向けた。
「……待って。ねえ、アゲハさんはどうして僕を呼んだの? もしかして……僕を殺すためじゃなくて、雫さんを救うため?」
その後ろ姿に訊ねると、
「……よくもそんな都合のいい考え方ができるものだね。私はただ、雫が焦がれた男に興味が湧いただけだ。まぁ、この姿は雫と変わりないし、欲求不満なら雫が目覚めるまで相手をしてやってもいいけど?」
アゲハさんは僕を振り返って、意味深な笑みを向けた。
「なっ!」
瞬間的に真っ赤に染まった僕に、アゲハさんはくつくつと笑う。それはそれは、雫さんにそっくりな笑顔で。
「え、遠慮しますっ!」
「そうか。それは残念」
アゲハさんはもう一度自信たっぷりに笑って、
「それならば、しばし眠れ」
その声は頭に直接響き、僕は意識を手放した。