温室の魔女は、今日も僕をアフタヌーンティーに誘う〜今宵、因縁の君と甘いワルツを〜
はじめてのおでかけ
僕には好きな人がいる。
僕が大好きな彼女は足が悪く、車椅子で秘密の温室にいる魔女だ。そして、甘いスイーツには目がない。
そんな彼女は僕のクラスメイトであり、『願い屋七つ星』という人の願いを叶える仕事をしている。
この間のティータイム中、彼女がそんな仕事をしているということが発覚し、僕は手伝うという名目で彼女の仕事について行くことになったのだ。
そんなわけで、今日はその依頼人に会いに行くのだ。つまり、雫さんとデートなのだ。
昨日は楽しみすぎて眠れなかった。
今日の依頼は二件だというし、終わったらどこか寄ったりできるかな、などと密かに期待していたりする。
依頼人一人目は、花籠学園のある唐草区の隣区、夢欠区の高校に通う女子高生だという。
待ち合わせは、彼女の高校の最寄り駅から徒歩五分の場所にある高層タワーの七十階にある海獣カフェ。
僕は雫さんの車椅子を押しながら、のんびりとその待ち合わせのカフェに向かう。
空は晴れ。風もなく、とても心地良い。
彼女は電車に乗りながら、移り変わる景色を楽しそうに眺めていた。
「ねえねえ、ムギちゃん! あれはなに?」
雫さんが遠くに見える大きな赤いタワーを見て、僕に問う。
「あれは透鏡タワーだよ。もしかして、雫さん見るの初めて?」
「透鏡タワー……すごい! 真っ赤で大っきいね」
電車を降りてからも、人混みは慣れていないのか雫さんは終始きょろきょろと街並みや道行く人たちを観察していた。
「雫さん、本当にあんまり温室から出ないんだね?」
「うん。依頼人に会う以外には、出ない」
素っ気なく答えた彼女に、僕は小さく返す。
「…………そっか」
なにもかも初めて見たかのような、物珍しげな視線。
まるで子供のようなキラキラした視線に、僕はもっと世の中のいろんな美しいものを見せてあげたいと思った。
しかし、彼女はなにかに気付くと顔を隠すように俯いた。近くですれ違った人の囁き声が聞こえる。
「ねぇ、見て、あの子。すっごい美人ね」
「でも車椅子だよ」
「お嬢様かな? すごく高そうな車椅子に乗ってる」
「どっかの令嬢だろ。いいねぇ上級国民は。障害があってもなんの不自由もなさそうで」
そしてその囁き話に気付いた周りは、雫さんの美貌に見惚れたように立ち止まったり、思わず振り返ったり。
「雫さん、行こう」
「……ムギちゃん?」
僕は人混みの中を縫うように車椅子を押し、高速エレベーターに乗り込む。
カフェに入ると、視界いっぱいに大きな水槽が広がっていた。
「わあっ!」
海の生き物たちを見て、雫さんが感嘆の声を上げる。やはり、動物好きな彼女のために依頼人との待ち合わせ場所をここにして正解だったようだ。
声を弾ませる雫さんを見て、僕は心の中でガッツポーズをした。
「ねね、ムギちゃん! あれはなに?」
藍色の瞳に星が瞬く。
「ジュゴンだよ。奥の方にはスナメリもいるね」
ここは海獣カフェ。
暗い店内は大きな水槽で囲まれ、ところどころ水柱型の水槽があり、たくさんの海洋生物が悠々と人間たちを観察している。
カフェのメニューも海獣にちなんだものが多く、女性に人気のカフェらしい。
「可愛いー。ムギちゃん! 早く中入ろう。もっと近くで見たいよ」
「雫さん、その前に依頼人は?」
「あっ……そうだった」
まったく、この人は。なんて可愛いの。
僕は迎えてくれた店員に、「予約の綿帽子といいます。待ち合わせなんですが」と告げると、「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」と僕たちを案内してくれた。
通された席には既に依頼人がいた。
先に席に座っていた女性がパッと顔を上げ、こちらを見た。そして、小さく頭を下げる。
「こんにちは。私、水無瀬紗月です」
「こんにちは。英雫といいます。この人はムギちゃん。私のお手伝いをしてくれている人です」
雫さんは柔らかく微笑んだ。その笑顔に、水無瀬紗月はホッとしたように表情を緩めた。
雫さんたら、こんなときでも僕のことをムギちゃん呼ばわりですか。……まぁ、嬉しいけども。
「綿帽子紬です」
一応自己紹介はフルネームを名乗る。
紗月さんは、長いストレートの黒髪を高い位置でひとつに結び、少し日に焼けた快活そうな女の子だった。
雫さんは席に着くと、早速、
「まずは注文をしましょう。お代は私が出すから心配しないで好きなのを頼んでね。紗月ちゃんはなににする?」
「あ、えと……じゃあ、私、ペンギンパフェ」
紗月さんは素直にメニューを見つめ、そして、可愛らしいペンギンをモチーフにしたパフェを選んだ。
「いいねぇ! じゃあ私はジュゴンパフェにする! ムギちゃんは?」
「あ、僕は珈琲で」
すると、雫さんがガッカリしたような瞳で僕を見た。
「……ムギちゃんつまんなぁい。なにか頼みなよ。私が出すって言ってるんだから」
「……じゃあ、チーズケーキ」
「スナメリケーキね!」
満足そうに雫さんは頷き、それらを注文すると一転、真剣な表情で紗月さんを見た。
話題を依頼の件に移すのだろう。僕は邪魔にならないように存在を消し、静かに見守った。
「――それで、早速だけど、あなたの願いごとはなんですか?」