オールスパイス
 施術中も、平野の笑顔が頭から離れない。
 弁当を勝手に食べていたことには驚いたが、礼と称して弁当を作ってくる彼の意図が全く読めない。そもそも彼に作った弁当ではないのだから。
 一体どういうつもりなのだろうか。
 平野の存在はここ数ヶ月ずっと気になっていた菜々子だが、これにはさすがに少し戸惑っていた。

 ――が、しかし。

 施術を終え、客を笑顔で見送った菜々子は、気になって仕方がなかった弁当箱を開けてみることにした。
 見てみるくらいはいいだろう。

 ランチバッグを開けると、ラブレターが――なんてことはなく、なんの変哲もない菜々子の弁当箱が入っている。持ち上げるとかなり重みがあり、中身が詰まっているようだ。
 テーブルに置き、ゆっくりと蓋を開けた菜々子は、思わず息を呑んだ。
 そしてしばらく見入ってから、感嘆のため息を漏らした。

 それは、こんな安物の容器に閉じ込められていることに違和感を覚えるくらい美しい弁当だった。
 目を奪われるとは、こういうことなのだろうと思った。
 色彩感覚が素晴らしい、なんて思ってしまうのは職業病かもしれない。弁当の赤といえばミニトマトしか思い浮かばない菜々子にとって、真っ赤なラディッシュが花を咲かせていたのが衝撃的だった。

 そして、どうしても食べたい衝動を抑えることが出来なかった菜々子は、今日名前を知っただけの、何者かもわからない男が作った弁当に箸をつけた。

 ――う、ヤバイ……
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