好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
(お嬢様はこれから、どうなさるおつもりだろう?)


 人は自分が予想したとおりに動くとは限らない。アリスに関して言えば既に、レヴィが考えていたのとは違った動きを見せている。


 しかし、他人は制御できずとも、自分がどう動くかは自分自身で決めることができる。

 レヴィはそっと目を伏せ、やがて前を見据えた。


「旦那様、私は決して、旦那様を裏切りません」


 言葉とは裏腹に、昨夜のアリスの切なげな表情が、口づけの甘さが脳裏にチラつく。それらを必死で振り払いながら、彼はこう続けた。


「こちらでお世話になると決まった際、私は誓いました。『お嬢様の幸せは私が守り抜きます』と」


 この十年間、その想いこそがレヴィの原動力であり、全てだった。
 アリスが幸せになれるならば、レヴィは己の全てを投げ打つことができる。悪になる覚悟だってある。

 これから彼が何をしようとしているのか、どう動くのか――――ハッキリと言葉にしなくても、表情から伝わってくる。
 伯爵はしばらく何かを逡巡し、それからそっと肩を落とす。


「――――頼んだよ、レヴィ」


 レヴィは力強く頷き、深々と頭を下げる。
 何故だろう? 目頭がとても熱かった。
< 102 / 234 >

この作品をシェア

pagetop